第一閉塞#6


開路下町駅


西院「さて……『中継庭』のキャリアマーメイドさん。 現在の状況をご報告願います」



キャリアマーメイド「は〜い。 こちら中継UFO……じゃなかった。中継庭のキャリアマーメイドです」


キャリアマーメイド「現在、彼らは蜂峠駅を全速力で通過しました〜。 これより『下り勾配(ダウンヒル)』に入ります。

先頭は以前としてレンジャーマスターの『京成3700』ですが、藪運転士の『島鉄キハ2500』もすぐ後につけています。

これは……いつ順位が入れ替わってもおかしくありませんね〜」

西院「了解です。 動きがありましたら、またご報告願います」

キャリアマメイド「了解〜」






重秀「……レンマスの奴、先週のバトルに比べて隙が無くなってるな。 

もう少し奴の走りを観察したかったが…… そろそろ仕掛けないとまずいな」


重秀「……嬢ちゃん。 吹っ飛ばされないように、適当な所にしっかり捕まってくれ」

ルナシェイド「え………な、何で!?」

重秀「訳を話している暇は無い。今は言う通りにしてくれ」

ルナシェイド「は、はい!」



モースグ崖周辺

レンジャーマスター「『申直崖(モースグ崖)』駅を過ぎたら、後はキツイS字カーブと直角カーブ……仕掛けられる訳がね……」



レンジャーマスター「なっ!! あの野朗、減速しないで突っ込む気か!! 添乗者もいるってのに!!」


ギャラリー「うああああ!! キハ2500がとんでもないオーバースピードで突っ込んでくるぞ!!

まさか、ブレーキがいかれたか!?」



重秀のキハ2500は、強烈な横Gにネを上げ、車体を大きく宙に浮き上げた。



『脱線転覆』……

複線のど真ん中に横たわる黄色い直方体の為に、195万人のNPCにご迷惑をかけることは、確実と思われた……



だが……



SE:ギギギギギギギ!!!!



軍艦島駅待合室


ミュー「な、ななななな何なんだ今のは! あの黄色い奴、2本の線路を跨ぎながら曲がっていったぞ!!

おい藪、あの超常現象は一体何なんだ!?」

藪「……複線ドリフト」

ミュー「え?」


藪「今の技は鉄道員(ぽっぽや)Job50スキル……『複線ドリフト』だ。

運転士の中でもトップレベルの技量を持った者にしか扱えない……高等スキルだよ」



レンジャーマスター「なっ……複線ドリフトだと!? 某同人漫画で何度かみた事あるが、実際に拝むのは始めてだぜ……」


レンジャーマスター「だが、これで勝ったと思うなよ! 重秀!!

加速力勝負ならこっちに分がある! 軍艦島駅につくまでに決め……」


レンジャーマスター「しまった……!!スピードが乗りすぎた!!


レンジャーマスター「頼む3700……曲がってくれ……!!」


SE:ガガガガガガガ!!!

レンジャーマスター「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!





アリサ「……決りましたわね。 レンジャーマスターの『電車』は重秀さんの『気動車』とは異なり……

架線からの電力が無いとエンジンが動かせないもの。

これは脱線して架線から離れてしまった場合、自力で車輪が回せなくなるから…… 致命的な失速に繋がる事を意味しますわ」


アリサ「……最早、マスターにもう一度抜き返すチャンスはありません。

このバトル、重秀さんの勝ちですわ」

ジークウルネ「そう……」


ジークウルネ「……それよりも、今は一緒に添乗したルナの方が心配だわ。

あんな派手なコーナリングしたら……」

アリサ「あのコーナリング…… 専門用語では『複線ドリフト』といいますが……

あれの最中の車内は、営業運転時とは比較にならないほど、強烈なGがかかります。

でも、シートベルトさえしっかりつけておけば、命の心配は大丈夫でしょう」


ジークウルネ「なる……

ところでさっきのコーナリング……『複線ドリフト』って、一体何な訳?」

アリサ「車輌の後部車輪(二両以上の場合は先頭車の前輪以外全て)を故意に脱線させた後、慣性で反対側の線路に乗せる事により…… 

通常より高速でコーナーを曲がる高等テクニックですわ。

……丁度目の前にコーナーがありますから、試しにやってみましょう」

ジークウルネ「え……で、でもちょっと待って…… まだ心の準備が……」


アリサ「大丈夫ですわ、ウルネさん。 始めはだれでも驚きますけど、上手く決めると病みつきになりますわよ……『複線ドリフト』という物は。

じゃこれよりコーナーを攻め込みますわね」

ジークウルネ「ちょ、ちょっとアリサやめて……!」

急カーブ前なのに加速しな……」


ジークウルネ「きゃあああああああああああああああああああああああ!!!




軍艦島駅ホーム


キハ2500 車内

重秀「……嬢ちゃん。もう終点だ。 起きな」

ルナシェイド「う……う〜ん……」


ルナシェイド「あれ……ここは一体……」

重秀「軍艦島駅…… そう、今回のバトルの終着点だ」

ルナシェイド「よかった……生きてる……

で、重秀さん。 レースの結果の方は……」

重秀「ああ。 ちとキワドイ所だったが、何とか勝てた。

もっとも、さっきバックミラーから、レンマスの京成3700が派手に脱線したのが見えた……

あいつ、無事だといいんだが……」


重秀「お、噂をすれば何とやらだな。 生きてやがったか……」



軍艦島駅ホーム


重秀「おう、完走おめでとう。 先週のバトルよりは、大分マシになったな」


レンジャーマスター「くっくそ……また負けた…… 俺は本職の運転士じゃないってのに、手加減抜きかよ……

ああ、メンテが明けたら他のレンジャー達に馬鹿にされる……」

重秀「勝負を挑まれたらたとえどんな奴が相手でも、一切の手加減はしない…… それが俺のポリシーなんでね。

それに……本職の運転士である俺が素人に負けたりしたら、同僚のいい笑い者だ。 

俺に勝ちたければ、もっと腕を磨くんだな」

レンジャーマスター「ぐう……

それにしてもお前……添乗者がいるってのに複線ドリフト使うなんて……無茶にも程があるぜ」

重秀「……添乗者である彼女から頼まれたんだ。 『度胸をつけさせて欲しい』と。

お客様の要望に応える事は、鉄道員(ぽっぽや)としての基本だろ?」

レンジャーマスター「そりゃ、そうだけどよ…… 

所でお前……」

 ここでレンジャーマスターは、重秀に付き添っていたルナの方を向いた。


ルナシェイド「え……私ですか?」

レンジャーマスター「ああ、そうだ。何でまた、重秀の車輌になんか乗ろうとおもったんだ?」

ルナシェイド「実は……」










レンジャーマスター「なるほどね…… フェンサーマスターに怒られた訳か。

……あいつめ。 度胸云々いうよりも先に、確認する事があるだろうに」

ルナシェイド「確認する事?」

レンジャーマスター「……何も言わず、ステータスをみせてみろ」

ルナシェイド「は、はい」


レンジャーマスター&重秀「……」

ルナシェイド「あ、あの……どうかしましたか? 急に黙りこくっちゃって」

レンジャーマスター「あのよぉ、嬢ちゃん。 こんなに沢山DEXに振って何が楽しいんだ?」

ルナシェイド「え…… でもある種の武器に関しては、STRじゃなくてDEXが攻撃力に影響する(※)って聞いた事がありますし……
(※)エミル・クロニクル・オンラインには、攻撃力がDEXに依存する武器は存在しません(2009年3月現在)

それに……」


ルナシェイド「このくらいのDEXが無いと、美味しいバウムクーヘンが作れないんです

レンジャーマスター「美味しい……バウムクーヘンねぇ……」

重秀「上物のバウムクーヘンを作るのにそれだけのDEXが必要となると、パティシェの道も『修羅の道』なんだな……

少なくとも、冒険者稼業との両立は厳しそうだ……」

 と、重秀とレンマスが話をしている所へ……



補助警笛(ミュージックホーン)を鳴らしながら、アリサのVSEが入線してきた。


ジークウルネ「る、ルナ! 大丈夫!? 怪我は無い!?」

 そのVSEの扉が開くと、真っ先にジークウルネが飛び出してきた。

ルナシェイド「だ、大丈夫です…… 4点式のシートベルトで体を固定していましたから、何とか吹っ飛ばされずに済みました……」

ジークウルネ「……ルナ。 もうこれに懲りて二度と、無茶な真似は止めて。

自分は大丈夫だと思っても……周りの人はとても心配するから」

ルナシェイド「は、はい。ウルネ先輩。 以後気をつけます」


アリサ「さて、バトルも無事終わった事ですし…… みんなで『おやつパーティ』といきましょうか」

ジークウルネ「お菓子パーティ? ひょっとして、ここ(駅のホームのど真ん中)でやるの?」

アリサ「まさか。 私のVSEは10両編成ですが、3号車が『おやつビュッフェ』、8号車が食堂車に改造されますの。

おやつパーティは3号車……『おやつビュッフェ』で執り行いますわ」

ジークウルネ「『おやつパーティ』……懐かしい響きね。 まるで、中学時代を思い出すわ」

ルナシェイド「そうですねぇ…… 『お菓子クッキングサークル』時代に、月一回の単位でやりましたからねぇ……」

アリサ「重秀さんマスターも、よかったらパーティに参加して言ってくださいな。

ああ、この後上り方面の競技がありますから、車輌だけは車庫に入れておいてくださいね」

レンジャーマスター「お、そいつはありがたい! さすがはアリサ会長。 このおもてなしはありがたい……!!

ここの所私生活でも仕事でもいい事なかったから、なおさらだぜ……」

重秀「おいおい……

……と、そうだ会長。 さっきバックミラーからちらっと見えたのですが、さっき会長も複線ドリフトしてましたよね」

アリサ「ええ。そうですけど…… それが何か?」

重秀「単刀直入に言いますと……」


重秀「(VSEの)3号車に積んである菓子、無事なんですかね?

アリサ「はっ!!しまった!! おやつ積んであったのすっかり忘れてた……」


アリサ「無事で居て頂戴、私のおやつ……」

 重秀の指摘に焦りつつ。愛車の3号車の扉を開けるアリサ。

 そして次の瞬間。


アリサ「いやあああああああああ!!!!!

 そして、軍艦島駅構内に響き渡るアリサの悲鳴。

ジークウルネ「ど、どうしたのアリサ…… まさか……」

アリサ「おやつが…… 私の大切なおやつが……」

 慌てて、アリサの所まで近寄るウルネ達。

 そして、問題のVSE3号車『おやつビュッフェ』に踏み入れた時、彼女らもまた驚愕する事になる。


一同「あああああああああっ!!




                 ダウンヒル
藪「恐怖の毛具線 下り ・ビュッフェ廊下におやつぶち撒け事件……

この事件は後世の歴史書に、こう記される事になる……」


藪「こうして鉄軌道の峠(やま)に、新たな伝説が刻まれるのであった……」

               ちゃん   ちゃん
            第一閉塞・完



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