MPI秘密基地 厨房



Dr・藪「さて……厨房も借りられた事だし、そろそろ料理の製作に入るとしようか。

杏君、助手を頼むよ」

杏中将「は、はい」

Dr・藪「ます、用意すべきものは……

1.フロースヒルデのビーフシチュー(強酸性)
2.マーシャの合成失敗物


……この二つだ。 ちなみにさっき調べてみたんだが、マーシャの合成失敗物の方は強アルカリ性だから……

この2つを混ぜ合わせて、中和させようと思う」

杏中将「え……いいんですか?中和なんかしちゃって。 折角の強酸性の艦長の手料理が、台無しになっちゃいますよ?」

Dr・藪「さっき文献で調べてみたんだが……どうもドラゴンには、強酸は毒にならないらしい。

それに強酸性のままだと、他の具材やら備品やらを溶かす恐れがあるので…… 最初に中和しておく」

杏中将「なるほど……」

Dr・藪「それに……フロース君のビーフシチューからは、他にも色々な『危険物質』が検出されたから……

中性にした所で、その毒性にそれほど変わりは無い」

杏中将「ほむ……」


Dr・藪「で、次だ。

中和したフロース君のビーフシチューに、残りの……

1.キャリスの手料理
2.ラプソディアの手料理
3.シアの手料理
4.ティタのぶよぶよマシュマロ


を突っ込み、暫く煮込む。

で、ある程度煮込んだ所で、隠し味として……」



Dr・藪「これを大量に突っ込む」

杏中将「なるほど…… これで、不味さを一層引き立てる訳ですね」

Dr・藪「……それもあるが、青汁に含まれる成分に、ドラゴンにとっては猛毒となる代物がある。

言い換えれば青汁という飲み物は、ドラゴンにとっては青酸カリ並の猛毒……といった所だね」

杏中将「え…… じゃあ、こんな手の込んだ事をしなくても、普通の料理に青汁を盛れば済む事じゃないですか」

Dr・藪「青汁の『毒』が効きだすのは、ドラゴンが青汁を飲んでから大体3日後だ。

だから、餌を食べてから3日後に、ドラゴンがちゃんと殺せたかどうか、死体を求めて野山を駆けずり回る必要がある。

そして万が一、ドラゴンの死体を見つける前に通りすがりのネクロマンサーが、その死体を『ドラゴンゾンビ』にして持ち出してしまったら……

ドラゴンの死亡確認は、より一層困難になる事が予想される」

杏中将「そうですか……」


煮込み始めて一時間後……


←鍋の中身

Dr・藪「ふむ……大体こんな所だろうか。 煮込むのはこのくらいにしておこう」

杏中将「でも先生。なんだか、とっても危なそうな液体と化していますよ。

変な臭いもしますし…… こんな物、果たしてドラゴンが食べてくれるんでしょうかね?」

Dr・藪「私も、このままでドラゴンが食べてくるとは思っていないさ。

……まずはありったけの香草やら香料やらを入れて、臭いを誤魔化す」

杏中将「ほむ……」

Dr・藪「で、最後に予め用意しておいた『テリヤキ』を準備。

その中身をくりぬいて、この液体を入れれば……」


Dr・藪「産廃テリヤキの完成だ。

見た目は普通のテリヤキと区別が付かないが…… 食べた瞬間、口の中に無間地獄が広がる……

そんな、究極の逸品だ」

杏中将「確かに……見た目も臭いも、普通のテリヤキと大差無いですね」

Dr・藪「後は……これをドラゴンの餌場においておいて、標的がこれを食するのを待つだけだ」

杏中将「餌場って……場所は分かっているんですか?」

Dr・藪「ああ。それはアルケミストマスターから事前に聞いておいてある。

ただそこは、一人でいくには少々危険な所だから…… ミュー君も連れていくとするか。

杏君、出るよ」

杏中将「は、はい、先生」




イーストダンジョン深部


ミュー「藪。お前の言っていた祭壇に、例の『産廃テリヤキ』、配置してきたぞ」

Dr・藪「……ご苦労さん。 付近に、ドラゴンらしき魔物の気配はしなかったか?」

ミュー「いや、しなかったな。 ついでにいうと、ロボに積んだレーダーにも、今のところ反応無しだ。

そもそも藪、本当にあの祭壇に、ターゲットのドラゴンが来るんだろうな」


Dr・藪「アルケミストマスターの話では……あそこの祭壇に捧げられるお供え物を、夜な夜な失敬しに来るらしい。

どうも今年は、イーストダンジョン近辺でドラゴンの餌になる食べ物が少なくて……標的はこんな所まで出張っているようになったそうだ」

 私は、川向こうにある祭壇(産廃テリヤキが置かれている祭壇)の方を見ながら言った。

ミュー「お供え物!? こんなイーストダンジョンの奥地にお供えする酔狂者が、そうそういるとは思えんが……」

Dr・藪「あの祭壇は本来、この辺りにすむニンフ達が信仰する神を祭っている物だそうだ……

だから、毎日ニンフ達がせっせとお供え物をしているんだよ」

ミュー「そうか…… ニンフ達も、さぞかし歯がゆい思いをしているんだろうな…… っと、言っている傍からレーダーに反応ありだ。

大きさから見て……まず間違いなく、ドラゴンだな、こりゃ」

Dr・藪「そうか……じゃあ、見つからないようにその辺の茂みに身を隠すとしようか」


2分後……



ドラゴン「……今日もニンフのアマどもはしっかりと貢物を捧げているだろうな……

昨日みたいに捧げてなかったら、またニンフの里まで行ってひと暴れして飯を強奪してこよう」

 祭壇の近辺に、巨大なドラゴンが姿を現した。

 その姿形はアルケミストマスターから渡された『標的』の写真と……ぴたりと一致した。

ミュー(あれが標的のドラゴン…… 奴の話からすると、ニンフ相手に相当な悪さをしているみたいだな)

Dr・藪(そのようだな。  ……さて、奴さん、餌を食べてくれるかどうか……)

ドラゴン「お、今日は大量の『テリヤキ』か…… 連中め、中々気が利くじゃないか。

こいつは俺様の大好物だからな…… どれ……」

 というなり、ドラゴンは祭壇に供えられていた『産廃テリヤキ』の山に、豪快にかぶり付いた。

 そして、次の瞬間……

SE:ピィーーーーーゴーーーー!!



ドラゴン「ぬああああ!! な、なんだこのてり……てば……てばさきぃ!!

SE:パアン!!

 ドラゴンの肉体は豪快に破裂し、あたり一面に文字通り血の雨を降らせた。

 そして、血の雨がやんだあとには、静寂のみが残った


ミュー「……おいおい、マジかよこれは…… 不味い手料理を食べたドラゴンが、まさか豪快に吹き飛んでくたばるとは……」

 目の前で起こった出来事に、ミューは驚きを隠せない様子だった。


Dr・藪「これで、『不味い料理でドラゴンが殺せる』という事が、法螺でも何でもない事がわかっただろう、ミュー君」

ミュー「ああ……。実際にこの目で見せられちゃ、嫌でも納得せざるを得ないさ」

Dr・藪「もっとも今回のように、『急性あべし症候群』を引き起こして豪快に吹き飛んだ所は、私も始めて見るがね。

普通は、泡を噴いて倒れてそのままお亡くなり……というパターンが多いのだが」

ミュー「そうか……」

Dr・藪「さて、目的も果たしたことだし、祭壇に残った『産廃テリヤキ』を回収しよう。

あれを拾い食いをする冒険者が、いないとも限らないしね」

ミュー「そうだな…… って……」

Dr・藪「? どうしたのかね?ミュー君」

ミュー「レーダーに反応。 人が2名ほど、祭壇の方に向かっている……」


一方、その頃……


グレ「……ここだ。 今回、大佐から指定された『任務』の場所は」

 突如、何も無い空間よりグレ君が姿を現した。 恐らく、今まではクローキングをしていたのだろう。

 ちなみに、『大佐』とは、グレ君所有の桃ネコマタの事で、グレ本人の上官に当たる人物の事だ


怪盗キュリアコット(ホワイト)「で、グレさん。 今回の任務の内容は?」

 グレ君に続いて、怪盗キュリアコットこと、ホワイトも姿を現した。

 どうやら、グレ君の手ほどきを受けている最中らしい。

グレ「ニンフの里で略奪行動を繰り返す伝説のドラゴン……『守護竜ベルフレイム』の調査だ。

いいか、今回の任務の目的はあくまで『調査』であって、竜と直接戦闘を交える事ではない…… っと、大佐が言っていた」

ホワイト「それはいいんですけど…… 標的のドラゴンって、もしかして、あれの事?」

 ホワイトは、ドラゴンの爆死体を指差しながら言った。

グレ「ぬ…… 皮膚の特徴から見て、あれは間違いなく、標的のドラゴン……

一体だれが、このような真似を……」

ホワイト「さあ…… それは私の方が知りたいくらいよ」

グレ「……そうか。 ちょっと失礼」

 ここでグレ君は、ウィスパー通信機を取り出した。

グレ「……大佐。 標的は既に死亡していた。

死体の状況からするに、『北斗神拳』かそれに類する拳法で経絡秘孔を突かれて、『あべし』と言い残して死んだ可能性が極めて高い。

……了解した。 これより帰還する」

SE:プチッ(通信機のスイッチを切る音)

グレ「……任務はこれにて完了だ。これより帰還するが……その前に……」

ホワイト「その前に?」

 グレ君は祭壇……大量の『産廃テリヤキ』が置かれている祭壇の前にたった。

グレ「ここまでのモンスターとの戦闘で、随分とHPを消耗してしまった…… 帰る前に、HPの補充をしたい所だ」

ホワイト「え……でも、帰還するんだったら、『鍵』を使って帰ればいいじゃない」

グレ「大佐から言われた。 『訓練のため、『鍵』を使わず自力で戻って来い』とな。

だが、今のHPの状況では、歩いて帰る事は難しい…… そこでだ……」

 グレ君の視線は、祭壇につまれてある『産廃テリヤキ』に向けられた。


ホワイト「ちょっとまって! まさかとは思うけどグレさん、そのお供え物に手を出す気?」

グレ「道義的に色々とまずいのは重々承知の上だ。 だが今回の場合、あのお供え物に手を出さなければ生還が難しいのも事実だ……」

ホワイト「ええっ!? でも、道義的な事を抜きにしても……拾い食いなんかしたら、食あたりを起こすわよ?」


グレ「怪盗キュリアコット…… アサシンのスキルの中には、『毒を飲んで戦闘能力を高める』代物があるのは知っているか?」

ホワイト「『毒を飲んで戦闘能力を高める』代物……豪腕毒とか、狂気毒とか?」

グレ「ああ、その通りだ。 道端に落ちていた食料を拾い食いをして、一々食あたりを起こしていたのでは……

とても、これらのスキルを使いこなす事は出来ない。

……今から、少し手本を見せておこう」

 というなり、グレ君は『産廃テリヤキ』を手に取った。


グレ「お、よく見ると美味そうなテリヤキだな。 これは普通に食えそうだ。

では……」




Dr・藪「待ちたまえ!グレ君!! そいつを食すな!!

 ようやく祭壇の傍に到達した私は、テリヤキを食べようとしたグレ君を制止しようとしたのだが……

 流石はAGIMAXの男。 目にもとまらぬ早業で、『産廃テリヤキ』を食べてしまった。


グレ「ぬおおおっ…… う……う……」

 そして案の定、食べた瞬間にグレ君は苦しみ始めた。

Dr・藪「……アサシンの服薬に対する免疫と、食中毒に対する免疫は同じ物である訳が無かろう、グレ君。

……そいつに対する下剤は用意してあるから、すぐにでも処置を……」

 しかし、次の瞬間にグレ君が取った行動は、予想外の物だった。


グレ「う〜ま〜い〜ぞ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!

 突如、グレ君が暴れだした。


グレ「このドロリとした喉越し……(以下40行略) 素晴らしいぃぃ〜〜〜!!

 グレ君は口からビームを発して辺り一面を破壊しながら、暴走を続けている。



ミュー「おい藪、グレさん一体どうしたんだ!? あれはどうみても、ただの食中毒の症状じゃ無いだろ?」

 あとから追いついたミュー君が、暴走するグレ君を目にして、顔を青くしながら呟いた。


Dr・藪「これは予想外の症状だ…… まさか、あんな物を食べて『味皇症候群(あじおうしょうこうぐん)』を発症するとはね……」


ホワイト「味皇症候群? それは一体?」

 ホワイト君が我々の傍によってきて、質問してきた。

Dr・藪「食通の先生方のような、『味に対する強いこだわりを持つ人間』が自らの琴線に触れる料理を食した時……稀に発症する病気だ。

こいつを発症すると、口から光線を出したり、津波の中を泳いだり、宇宙へ飛んでいったり、酷い場合は巨大化してアンデッド城を破壊したりと……

尋常ならざる暴走をしてしまう病気の事だよ、ホワイト君」

ホワイト「そうですか…… って、藪さん、何で私の正体を……」

Dr・藪「記憶力には、少し自信があってね。 一度会った人間の身体的特徴は忘れない自信がある。

その程度の変装では、私の目を欺く事はできないよ、ホワイト君」

ホワイト「ほぇ…… 凄いんですね、藪先生って」

ミュー「……そんな事より藪、暴走したグレさん、どうするつもりだ? 何か打つ手は無いのか?」

 ミュー君が私とホワイト君の話に割って入った」

Dr・藪「……暫く、放っておくより他無いな。  時間が経てば、症状は収まるだろう。

それよりも……暴走に巻き込まれないうちに、我々も早くここを離れたほうがいい」

ホワイト「え……でもグレさんはHPが残り少なかったはずですよ。 それを置いていくなんて……」


Dr・藪「幸い、味皇症候群には症状が治まると、HP&SP&MP全回復した上に、バッドステータス全解消という副作用もある。

全回復したグレ君なら、ここから一人で帰還する事も可能だろう」

ホワイト「そうですか…… って、グレさん、こっちに来ます!!」

 ホワイトが指差した先には、暴走したグレ君が口からビームを発しながら、こっちに向かってくる様子が見て取れた。

Dr・藪「……この辺りが潮時だな。 総員、退避!!」

 私の掛け声とともに、私とミュー君、ホワイト君の三人はその場から離脱した。



その日の午後……

アルケミストギルド


アルケミストマスター「いや〜先生。このたびは良くやってくれました。

これが、後金の1.5Mと……それと、アルケミストの紋章となります」

 アルケミストマスターは嬉しそうに後金の1.5Mを渡し、ついでに私の体に『アルケミストの紋章』を宿してくれた。

 少し前(16話前編)に一族の母者さんの事を『中年女性』と言っていたが…… どうやら、現段階では母者さんの制裁は受けていないようだ。


Dr・藪「これで私も……アルケミストの資格を取ったという訳か」

アルケミストマスター「今まで、肩書きだけアルケミストで心は農家のまんま……というアルケミストは多かったですが……

先生のように、心も肩書きも医療関係者(アルケミスト)という人は珍しいですよ。

アルケミストギルドの発展のため、今後とも是非、お力をお貸し願いたい」

Dr・藪「ああ、わかったよ。 もっとも……」



Dr・藪「気が向いたらね


              16話 完

追伸:
グレさん、本話においては無断でへんな役をやらせてしまった事を、心よりお詫び申し上げます(Byフロースヒルデ)



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