第31話(4)



氷結坑道周辺



水の精霊「……まだ巡礼なんてやる人がいたのね。 それじゃあ始めましょうか。

貴女に、水の加護があらん事を……」

 水の精霊さんがそういうと、西院さんの周りに冷たい魔力が発生しました。

 ウィザード系である私にはそれ以上の事はわかりませんでしたが、後で聞いた話ではこの魔力、『水の魔力』であるとの事です。


西院「ありがとうございます、水の精霊様。

そしてウルネさん。 お忙しい所わざわざ同行して頂き、ありがとうございます」


ジークウルネ「いえいえ。 私も丁度暇だった所だし……気にする事はないですよ。

それに……私もこの機会に、精霊さんたちに挨拶しておきたいと思いまして」

西院「なるほど……」

水の精霊「へえ……巫女でも無いくせに巡礼してくるなんて…… そんな人、数十年ぶりに見たわ。

貴女にとっては意味の無い事ではあるけど…… せっかくだから貴女にも水の加護があらん事を……」

 と、言うなり、水の精霊さんは私にも水の加護をくれました。

ジークウルネ「ありがとうございます、精霊さん」


西院「それでは精霊様。 私達は他の精霊様の所に向かいますので、これにて……」

水の精霊「巡礼頑張ってね〜 立派なエレメンタラーになるのよ〜」



大地の精霊「がんばるのよ〜」


炎の精霊「がんばれー」

 続く大地の精霊と炎の精霊の巡礼も済ませ、順調に行くかと思われた私達の巡礼の旅でしたが……



風の精霊「あらあら、珍しいお客さんですこと。 巡礼者かしら?」

西院「はい。 エレメンタラー転職試験の為、各地の精霊を巡礼している所なんですよ」

風の精霊「そう…… 普通ならここで、風の加護を与えてあげる所なんだけど……」

西院「? どうかなさいましたか? 精霊様」

風の精霊「ええと……何といったらいいか……とそうだ」


風の精霊「一次Job25で転職なんかして大丈夫なの?
エレメンタラーとしてやっていける?


 ここで風の精霊さんは、今一番突っ込まれたくない部分に突っ込んできました。


西院「……精霊様。 それは……Job26以降の一次職スキルと、一次職スキルポイントの事を仰られているのでしょうか?」

 が、西院さんはこの突っ込みがある事を予想していたらしく、慌てずに迎撃しました。

 早期転職で発生する問題……

 それは『転職時のJobLv以降のスキルが以後習得出来ない』事と、『一次職スキルポイントの総数が少なくなってしまう』という2つの点です。

 どちらも以後の冒険者生活に重大な支障を来す問題であり、この為早期転職した人の中にはLv1から修行をやり直す人が後を絶たないそうです。

 ましてやシャーマンという職業はJob50転職した人からでさえ、『スキルポイントが足りない!』という声をちらほらと耳にします。

 それが、Job25転職という前代未聞の早期転職では……

西院「……その点でしたら心配はご無用です。 精霊様。

私が取得する事が出来なくなるJob26以降のスキルの穴埋めは…… 未実装スキルにて代用する所存ですので」

 しかし通常の早期転職者と違い、西院さんには『未実装スキル』という切り札がありました。

 どうやら西院さん、転職後は未実装スキルを主力に狩りを行うつもりのようです。


風の精霊「未実装スキルねぇ…… じゃあ、何でもいいからこの場でその『未実装スキル』とやらを見せてみなさい。

見せてくれたら、風の加護をあげるわ」

西院「未実装スキルの実演ですか……そうですね……」

 西院さんが何のスキルをお披露目しようかと考えていたその時です。


SE:ズー ズッ ズ ズー ズー

 唐突にに、西院さんのディバックよりモールス信号のような音がしました。

西院「あ……クービィ様が呼んでいるみたいですね」

 そして西院さんは、ディバックより一冊の本を取り出しました。


ジークウルネ「西院さん……この本は一体? 見たところ、教科書みたいな本ですが……」

西院「この本は『重大事故仮想再現教本』と呼ばれる、祖母から受け継いだ魔術書です。

祖母の話では、業界では著名な魔術書である『幻想』や『九頭竜』に劣るとも勝らないとされる、伝説の魔術書だそうです」

ジークウルネ「劣るとも勝らない……ですか。 で、その本って何の効果があるんですか?」

西院「この本には私の契約する大妖精『クービィ』様が宿り、様々な未実装スキルの使用方法が載っています。

 そして丁度今そのクービィ様より、私の身体を貸して欲しいとの要望がありました」

ジークウルネ「妖精さんに身体を貸す…… そんな事って出来るんですか?」

西院「はい。 おばあちゃんから、降霊術の手ほどきは受けていますので。

では、これからクービィ様を降ろしますので…… 少しの間私のキャラが変わっても、驚かないでくださいね」

 というなり、西院さんは呪文の詠唱に入りました。

 
西院「……ネッサ イシデコロシ ハルヒ

 そして西院さんが呪文をとなえると、一瞬だけ辺りが暗くなりました。

 しかし、次の瞬間にはすぐにまた明るくなりました。


西院?「……やあ、風の精霊君。久しぶりだね」

 そして西院さんが予告したとおり、彼女のキャラも変わっていました。

 恐らく今西院さんの身体を動かしているのが、大妖精『クービィ』なる人物でしょう。

風の精霊「あ……その声はクービィねっ! またこの間の精霊会議サボったでしょう!!

これで何度目だと思っているの!? いい加減にして頂戴!!」

 そして風の精霊さんもまた、西院さん(クービィ)に向けて怒鳴りました。

 どうやら風の精霊さんとクービィさん、知り合いのようです。

西院(クービィ)「ああ、ごめんごめん。 目覚まし時計の音が小さくて……

と、そんな事よりも……風の精霊さん。 意地悪しないで、この子にも風の加護を与えてくれないかな?

せっかく遠路はるばる、巡礼しに来たんだしさ」


風の精霊「う〜ん…… そうしてあげたいのは山々なんだけど……

今、貴方が憑いている子はまだ一次Job25……転職最低条件のJobLvさえ持っていないのよ。

何でSUマスターが巡礼を許可したのかは分からないけど、これがもし大導師『ゲ』様の耳に届いたら……」


西院(クービィ)「お互い黙ってれば大丈夫だよ。 問題ない。

そもそも大導師にはWIZ系冒険者の人事権はあるけど、巫女系冒険者の人事権はないから…… ばれた所で、文句を言われる筋合いは無いよ」

風の精霊「た、確かにそれはそうだけど…… でも、もう一つ問題があるわ。

Job25転職の身でIT(アイシクルテンペスト)やLF(ラーヴァフロウ)のような高位魔法の負荷に、彼女の肉体が耐えられるかどうか……

下手をしたら死んじゃうわよ、彼女」

西院(クービィ)「その点も問題無い。 彼女は未実装スキルをいっぱい取得しているし……マンドラワサビだって1確できるんだよ。

魔法系の未実装スキルは高負荷の物が多いんだけど、彼女は別に苦も無くその負荷を受け止めている。

ITやLFごときで命の危機に晒されるような子じゃないのは僕が保証するから、転職させても安全なんだよ。

それに……」

風の精霊「それに?」


西院(クービィ)「そもそも僕のような大妖精を身体に降ろす事は、シャーマンどころか中堅所のエレメンタラーでも難しい事なんだよ。

今こうして僕が彼女の身体を借りて話をしている事自体、彼女が巫女として高い能力を持っている事の決定的な証拠だと思うんだけどね」

 意味も無くガッツポーズをするクービィさん。

風の精霊「そ、そうか…… 言われてみれば、確かにそうね……

分かったわ。 風の加護をこれからその子に与えるから、貴方はさっさと失せて頂戴。

本人以外の精霊が憑依している状態だと、加護を与えられないからね」

 西院さんに憑依した『大妖精クービィ』さんの説得の甲斐あって、ようやく風の精霊さんは折れました。

西院(クービィ)「じゃあ、僕は下がるからね。 加護、よろしくたのむね」

 クービィさんはそういうと、すっと西院さんの身体から出て行きました。

 そして西院さんは、糸の切れた操り人形のように地面に崩れ落ちました。

ジークウルネ「だ、大丈夫ですか! 西院さん!!」

 慌てて私は、西院さんの所にかけよりました。


西院「うーん…… クービィ様のお話は、終わったみたいですね」

 しかし私の心配をよそに、西院さんはすぐに目をさましました。

 ただ、その表情には疲労の色が出ていました。

 どうやら肉体に精霊を降ろす術は、身体にかなりの負担をかけるみたいです。

ジークウルネ「だ、大丈夫ですか西院さん? 顔色、良くないみたいですが……」

西院「ええ……大丈夫です。 それよりも風の精霊様、加護の方は……」

風の精霊「降霊術なんていう高度魔法を見せてくれたのだから…… 貴方の実力、嫌でも認めざるを得ないわね。

じゃあ…… あなたに風の加護があらん事を……」

 風の精霊さんはようやく、風の加護を西院さんに与えてくれました。

 すると次の瞬間……


 呪いで上げられないはずの西院さんのJobLvが、いきなり上がりました。

 それも……

  
       Before                     After

 Job25から一気にJob50に上がるという、ギネス級の上がり方をしました。

西院「これは……一体……」

 Lvの上がった当の西院さんも、当惑しています。

ジークウルネ「例の呪いが解けた…… としか考えられませんね。

それで、今までの狩りでたまりに溜まっていたJob経験値が一気に入って来た…… と考えるのが自然でしょうね」

西院「そうですか…… ちょっとJobLvが入るかどうか、試してみます」

 そういって、その辺のワスプに魔法をかける西院さん。

 すると……


 きちんとJobLvが入手できている事が確認されました。

西院「ほ、本当に呪いが解けてる…… おばあちゃん達があれだけ治療法を見つけるのに難儀していたというのに……」


風の精霊「……恐らく、私達4大精霊の加護により呪いが解けたんじゃないかしら?

私達の加護には、呪いに有効な魔力成分が含まれているからね」

西院「そう……だったんですか。 でも何でおばあちゃん、何年も『4大精霊の加護』が治療の決め手となる事に気がつかなかったんだろう……」

風の精霊「恐らく、『灯台下暗し』現象だと思うわ。

ある目的に向かって難しい研究ばかりしていると、身近な所に答えがあると案外気がつきにくい……

大方、そんな所じゃないかしら」

西院「そうですか…… あ、いけない……もう日が落ちてきました」


西院「じゃあ、私達はアクロポリスに帰りますね。 精霊様、今日はどうもありがとうございました」

風の精霊「またね〜 未実装スキルを主力にするのはいいけど、正規のスキル(ECO実装済スキル)も疎かにしちゃダメよ〜」

 風の精霊さんに見送られ、私達は軍艦島を後にしました。




西院「ウルネさん、今日は本当にどうもありがとうございました。 おかげで諦めていたエレメンタラー転職も出来ましたし……

偶然とはいえ、例の呪いも解く事ができました。

何とお礼を言ったらいいか分かりません」


ジークウルネ「いえ……道を切り開いたのは西院さんの頑張りです。 私は……ただ付き添っていただけですよ」

西院「いえ。ウルネさんの一言が無かったら……私は今こうして、巫女服に袖を通してはいなかったでしょう。

とにかく本当にありがとうございました」

ジークウルネ「……でも西院さん。 これからが本番よ。

JobLvを高めて高Lvスキルを憶えるその日まで、日々精進あるのみよ」


西院「はい。 では、私は今日はこれにて失礼します。 では……」

ジークウルネ「またね〜 西院さん」

 こうして、西院さんはエレメンタラーとしての第一歩を踏み出しました。

 エレメンタラーとしての修行は辛く厳しいものになるでしょうが……

 未実装スキルの心得のある西院さんであれば、必ずや立派なエレメンタラーになると、私は信じています。


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