第40話(終)


戦闘城フレイヤII 

ユキ「アガサ、戻りましたよ」


藪「おや、お帰りユキ君……それにフロース君。

アガサ君は調味料を買出しに行って留守だよ」

ユキ「アガサったら、まったく……

済みません先生。お手を煩わせてしまって」

藪「何、構わんよ。 私も丁度暇していたところだしね。

ところでユキ君……今日はお客様連れのようだが……」

ユキ「ああ、皆でお食事会しようと思って……こちらにお呼びしたのです。

じゃあ先生、料理の準備をしますので、先生は食堂の方へ……」

藪「いや、私も手伝おう。 仮にも元は、厨房係もやっていた身だからね」


ナターシャ「あ、ユキちゃんには言いましたが、私もお手伝いしますよ。

私もファーマーなので、お料理の心得はあります」

藪「料理において、人手は多い方がいいからな。 手伝い、感謝する。

ええと、君の名は?」

ナターシャ「私の名前はナターシャ=トルストイ。 ノーザン出身です」

藪「ナターシャ君……ね……」

ナターシャ「? 私の顔に何か……」


藪「いや、なんでもない。 

じゃあ、これから調理を始めるから、他のメンツは食堂で待機していてくれ」



食堂

フロースヒルデ「お弁当、美味しいかしら?」

ファントム「ええ……とても。 こんな美味しいお弁当……少なくともくじら岩では食べた事がありません」

フロースヒルデ「それは良かった……

それで、ファントムちゃん。 聞きたい事があるのだけど……」

ファントム「? 何でしょうか?」


フロースヒルデ「くじら岩に住んでいるはずのファントムちゃんが、何でダウンタウンに来たのかしら?」

ファントム「それは……私の方が知りたいくらいです」

フロースヒルデ「? どういう事かしら?」


ファントム「気づいたらあの場所……ダウンタウンにいたんです。 その……信じてもらえないかもしれませんが。

ひょっとしたら、何か変なワープポイントを踏んでしまったのかもしれません……」

フロースヒルデ「そう…… でもあのくじら岩は通常空間の常識が通用しない所だから、ありえない事ではないわね。

で、ファントムちゃんは…… くじら岩に戻りたいのかしら?

ここからくじら岩への帰り道だったら、私知っているけど……」

ファントム「いえ…… くじら岩には……もう戻りたくはないんです。

フロースさんもあそこに足を踏み入れた事があるのならお分かりでしょう…… あそこに長く居ると、精神を蝕まれ……

最悪、人外の生命体に化けてしまう事もあります……

私も折角通常空間に出れたのですから…… 出来れば、これからはこの空間で暮らしていきたいのです」

フロースヒルデ「そう……」


フロースヒルデ「もし行くあてが無いというのなら、うちで暮らさない?

戦闘城の維持管理には何かと人手が要るから、ファントムちゃんが来てくれるのなら大歓迎よ」

ファントム「それは願っても無い事ですが……良いのでしょうか?

私は…… 自分で言うもの何ですが、人外の化け物なのですよ……」


藪「まあ、その点については気にする必要は無いよ、ファントム君。

……論より証拠。 君の周囲を見てみたまえ」

ファントム「えっ……?」


藪「見ての通り、ここは人間以外の乗組員の沢山働いている。

君が人間以外だからといって、気にする必要はどこにもないよ」


ナターシャ「そうそう。人とモンスター……本来なら相容れぬ敵同士であっても互い誠意を持って接すれば、分かり合える事が可能なの。

このお城の現状を見ていただければ、ファントムちゃんにもその事は良く理解できるんじゃないかしら?」

ファントム「ナターシャさん……」

?「たっだいまー!」

フロースヒルデ「あら……」


フロースヒルデ「お帰りなさい、アガサちゃん。 どこ行っていたのかしら?」

アガサ「ちょっとオリーブオイル切らしちゃって…… 急いで買い揃えてきたのよ。

って…… ちょっと艦長さん……?」

フロースヒルデ「? どうしたのアガサちゃん?」


ファントム「もしかして、この子の事?

この子は今度うちで預かることになったファントムちゃん。

元はくじら岩のモンスターらしいけど悪い子じゃないみたいだから、仲良くしてあげてね」


アガサ「厨房担当のアガサよ。 こう見えても、アンブレラ一族のお姫様なんだ。

よろしくね、ファントムちゃん」

ファントム「こちらこそ、よろしくお願いします」

アガサ「……で、艦長さん。アタシが言いたいのはファントムちゃんの事じゃなくて……」


アガサ「その人…… 白い傘持った人の事よ。

艦長さん……その人がどーいう人だか、分かっているの?」

フロースヒルデ「えっ? この人はナターシャ=トルストイさんといって、ノーザン出身のファーマーさんだけど……」


アガサ「そのけーれきはその人が、世を忍ぶ為に仮に設定したものよ。

そもそも、その人は『ナターシャ=トスルトイ』なんて名前じゃないわ」

フロースヒルデ「えっ……!! それはどういう……」

ナターシャ「ああ、アガサちゃん、皆さん。 自分の正体くらいは自分で説明します。

私の正体につきましては、口であれこれ説明するよりも……」


コウオウ(ナターシャ)「この姿を見ていただければ、嫌でもお分かり頂けると思いますが」

フロースヒルデ「えっ……!!」


藪「……始めてあった時から、予感はしていたが…… やはりそうだったか。

光属性を司る王にして、アンブレラ系モンスター全ての王…… コウオウ様か……」

コウオウ「ええ、その通り。 ただ……」


ナターシャ(コウオウ・アルマ)「人里でそう呼ばれるのはあまり好きでは無いので、今までどおりナターシャと呼んでいただけませんか?

ご存知とは思いますが、私は『紙片』目当ての冒険者に命を狙われている身なので」

藪「ああ、これは失礼。 あれは闇市場では結構な値段で取引される代物だからね」

ナターシャ「ええ、その通りです。

さて……フロースヒルデ艦長」

フロースヒルデ「? 何でしょう?」


ナターシャ「改めまして我が一族…… アンブレラ系モンスターと人との橋渡し役を務めて頂き、感謝申し上げます。

本来でしたらもっと早くご挨拶に伺うべきでしたが、『オウ』の身故、何かと事情がありまして……」


フロースヒルデ「いえいえ、お気になさらないでください。

それに……アンブレラ系モンスターとの橋渡し役は私だけでなく……

そこにいるアガサちゃんや、アンブレラ族の鴎外さんの協力もあってこそ上手くいったのです。

ねぎらうなら、彼らの方をねぎらってやってください」

ナターシャ「鴎外さん…… ああ、財津一郎さん(=バザール)似の声をしたアンブレラの事ですね。

わかりました。 今度あったらそうします。

それで……フロースヒルデ艦長。 一つ、お願いがあるのですが……」

フロースヒルデ「? 何でしょう?」


ナターシャ「これからもこのお城に……寝泊りに来ても良いでしょうか?

私も最近アルマ化してから人里での用事が増えてきましたので…… 安心して寝泊りできる場所が欲しいんですよ。

ああ、勿論ただで、とは言いませんよ。 お料理やファームのお世話等、色々とお手伝いはさせてもらいます。

有事の際には、戦闘にも参加しますよ」


アガサ「コウオウ様のお料理の腕は、アタシが保障するわ。

アタシもお菓子作りについては、コウオウ様から教わった身だからね」


フロースヒルデ「もとより、断るつもりはありませんよ、コウオ……いえ、ナターシャさん。 この城の設備でよければ、いつでも歓迎します」

ナターシャ「ありがとうございます。

それと……アルティさん」


アルティ「はい? 何でしょう?」

ナターシャ「折角貴女もお食事会に招待したのに、話に置いてきぼりにして申し訳ありませんね。

……工房でお会いした時、御魂を狙う誘拐犯が居るというお話を耳にしましたが……」

アルティ「うん、そうなんだ…… だから、信頼できる人しか工房に上げられなくて……

それで、工房の経営も傾きだしてきているんだ。 このままいくと……

ナターシャ「倒産もあり得る……という事ですか」

アルティ「ええ……」


ナターシャ「実はその誘拐犯を捕らえる妙案を思いついたのですが……

成人男性が5人くらい入る大きな鍋を、用意出来ないでしょうか?」

アルティ「材料さえあればそのくらいすぐに作れるけど…… 一体何に使うの?」

ナターシャ「実はですね……」



数日後 アップタウン裏路地


ホワイト「トラップ、仕掛けてきましたよ艦長」

フロースヒルデ「ご苦労様、ホワイトちゃん。 でもごめんね、お昼寝している所を急に呼び出したりして」

ホワイト「いえいえ、ミュー先輩に見つかって蹴られるより遥かにマシなので。

それに……こういうトラップの設置は得意中の得意なので、いつでもお任せください」


ナターシャ「何はともあれ罠の設置も完了しましたし、後は標的がここに来るのを待つだけですね。

ホワイトさんが調べてくれた情報では、御魂誘拐犯は良くここに現れるとか」

ホワイト「ええ。 ここからなら、アルティさんの工房の紐が良く見えますからね。

恐らく、ここで張り込んで御魂さん達が降りてくるところを拉致! というつもりなんだと思います」


アルティ「ずっと見張られていたんだね…… なんだか良い気分じゃないなぁ……」

まあ、それはいいんだけど……」


アルティ「あんな単純なトラップに、引っかかってくれるのかなぁ…・・・

なんだか不安になってきちゃった」

ナターシャ「大丈夫ですよ。 御魂を誘拐しようとする欲深い人間なら、必ずやあのトラップに…… と」


ナターシャ「件の誘拐犯、現れたようですね。

あれがまさしく、アルティさんがくれた似顔絵の人達ですね」

フロースヒルデ「ええ。 じゃあ、みんな見つからないように物陰にかくれましょう」


冒険者風の男「全く……先月(2014年3月)の御魂メイドさんの時は酷い目にあった……

今日こそ御魂のメイドさんを捕まえて、ルリ様に献上しないと……」

冒険者風の女「あれはあんたがドジやらかしたからいけないんでしょ!?

それはそうと……その御魂メイドさん、本当にあの工房にいるんでしょうね?シュレム」


シュレム「ああ。 それについては間違いない。フィネアン。

何度もこの目であのメイドさんが、あの工房に出入りしているのを見たからな。 安心していいぜ」

フィネアン「あんたの『安心していいぜ』ほど、アテになる物のは無いんだけどね…… って……あら?」


フィネアン「何かしら、この紙束は」

シュレム「こいつは…… たしか『紙片』って言って、高Lv冒険者の間じゃ高値で取引されている代物だ。

確かこの『光属性王の紙片』は、一枚辺り1Mは下らなかったかな」

フィネアン「でも、何でそんな高価な代物が999枚も落っこちているのよ」

シュレム「それは俺が聞きたいくらいだ。

……それはそうと、どうするよ、これ? ルリ様へのお土産として、ネコババしとくか?」


フィネアン「なんだか罠のにおいがプンプンするから、放っておきましょう。

そんな事より、今は本来のお仕事が最優先だから……さっさと張り込み開始するわよ、シュレム」

シュレム「ああ……

…………でも…………」

フィネアン「…………でも………」


シュレム「やっぱり目の前の誘惑には……

フィネアン「弱いのよねぇ……






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