日記23回(3)


フロースヒルデ「貴方達……この『一式陸攻』って機体、どういう機体だか分かっているの?」

 ちょっぴり怒りのニュアンスを込めて、私は二人の巫女さんを尋問した。

藍巫女「いえ……我々はただ、旅の商人から『火の鳥の代わりになる』といわれてこの機体を購入しただけでして……その……」

 ここで、前ページに出てきた『一式陸攻』という機体について解説しよう。

 『一式陸攻』とは第二次世界大戦時に日本軍で使われた、大型の陸上攻撃機の事。

 航続距離はとても長かったのだが、その航続距離を維持するために主翼の中にまで燃料タンクがあり、かつ防弾装備もろくに施されていなかった。

 このため防御力は殆ど無きに等しく、機銃弾一発喰らっただけで火を噴いてしまう有様であった。

 俗に『一式ライター』とか、『ワンショットライター』等と呼ばれている、曰く付きの機体である。

 ただし、同じ一式陸攻でも末期生産型の物はまともな防弾性能が施されているのだが……

 目の前の一式陸攻がその末期生産型で有る保証は、どこにもない。

フロースヒルデ「この機体、有る一定の条件を満たすと『火の鳥』になる事は確かなのだけど……

『火の鳥』になったら最後、地面か海面に激突するしかなくなるのよ。

……分かりやすく言えば、とても墜落しやすい機体なのよ、こいつは」

緑巫女「え……そんな紛い物を我々はつかまされたのですか……」

 緑ネコマタ風の巫女さんは、またも落胆の表情を浮かべた。

フロースヒルデ「ちなみにもう一点確認したいんだけど…… この機体、買ってから定期的に整備している?」


藍巫女「整備……? 失礼ですが、それは何の事でしょう? 新作の和菓子でしょうか?」


フロースヒルデ「!!」

 もともと、巫女さんが本職の彼女達に、軍用機の整備の知識があるとは思っていなかったが……

 まさか、ノレンみたく『整備ってなに?』と斬り返してくるとは予想外だった。


元帥「……とにかく、整備もしてない機体で魔王の城にいくのは無理だよ。 ここは一回撤退して、ミューちゃん連れてくるのがいいと思うよ」


フロースヒルデ「そうね…… 未整備の一式陸攻なんかに乗った日には、命がいくらあっても足りるもんじゃないわ。

……巫女さん達。今日のところは出直してくるわ。 またね」

緑巫女「ああ、勇者様。 使命は……アプリコット姫様を助けるという使命はどうなるのでしょうか?」

フロースヒルデ「一日くらい救出が遅れたって、姫様は死にはしないわよ。 じゃ、私はこれで」

藍巫女「ああ・・・勇者様・・・・・」

 私はきびすを返し、火の山を降りていった。



声「……軽巡洋艦『那珂』絡みの問題もパスし、かつ一式陸攻での渡航を見送ったか……

ふふふ……これはいい……」


キンメル「戦闘庭フレイヤ艦長、フロースヒルデ。貴女の軍事知識、我確かに確認せり。

魔王様……もとい提督の相手に、これ以上相応しい相手はいないでしょう……

これは、明日が楽しみですな……」

 何故か愉快そうな表情を浮かべ、ウェンディーのキンメルはいずこへと姿を消した。



 翌朝 戦闘庭フレイヤ艦橋(現実世界)


ミュー「よ、おはよう。フロース」

フロースヒルデ「おはよう、ミュー。 早速だけど、ミューにお願いがあるのだけど……」

 私は、貸本屋さんで頼まれた依頼の事や、夢の中で起こった出来事を全て、ミューに説明した。

ミュー「なるほどね…… しかし、火の鳥の代わりが未整備の『一式陸攻』たぁ、随分とマニアックな演出じゃねぇか」

 含み笑いを浮かべながら、ミューは言った。

フロースヒルデ「ミュー、これが貸本屋さんから預かった本よ。 これを見ないと夢の世界に一緒に行けないから、今日中に読んでおいてね」

ミュー「ああ。 忘れるといけないから、今読んでおくよ」

 ミューは私から本を受け取り、パラパラとページをめくり始めた。


ミュー「フロース。 夢の中に入ったら一式陸攻の所にいくよりも先に、最初の王妃の所に行こう」

 本を読み終えたミューが、私に提案をしてきた。

フロースヒルデ「いいけど……どうして?」

ミュー「あたしに一つ、考えがある。 あの他力本願な王妃様に、ちょっと用があってな。

……それとこの本、後でホワイトの奴にも見せてやってもいいか? あいつも、夢の中に連れて行きたいんでね」

フロースヒルデ「わかったわ。 ……じゃあ私は、これから狩りに行って来るから、後よろしくね」

ミュー「ああ、あたしもこれからマルクトの船着場に行って来る。 藪の奴から大理石12個程掘ってくるように頼まれてるんだ」


藍副長「艦長、機関長。 留守は私が守っておきますゆえ、心置きなくご自分の仕事をなされてくださいまし」

フロースヒルデ「悪いわね、副長。 じゃあ、いってくるわね」

ミュー「後は頼んだ、副長」

 私とミューは留守番を藍副長に任せると、『フレイヤ』を後にした。


その日の夜


藪「只今」

杏中将「只今もどりました〜」

 その日の夜0時。 藪先生と杏中将がフレイヤへと帰ってきた。


藍副長「お帰りなさいまし、お二方。 今日は随分、帰りが遅うございますね」

藪「参加していた学会が長引いてしまってね。 こんなに遅くなってしまった。

この時間だと他の連中は、もう夢の中だろうね」

藍副長「はい。 徹夜しがちなミュー機関長も、今日は早めに床につきました」

藪「そうか…… 早寝早起きする事は結構な事だ。 ……ん?」

 そこで藪先生は、私の机の上に置かれていた本に気がついた。

藪「やれやれ、フロース君が忘れていったのだな。 それにしてもこの本、一体どういう本なのかね?」

藍副長「はい…… 何でも、フロース艦長が依頼でお借りした本らしく……読むとその本通りのストーリーの夢をみるという……

ある意味、呪いの本だとか」

藪「呪いの本ね…… 一体、どんな本なのかね」

 藪先生はそっと、私の机の上に置いてあった本を取り上げた。


藪「ふむ、本の中身自体はありふれた冒険物語か…… 

他に気になるところは…… ……!!

 唐突に、藪先生の表情が緊張の色に包まれた。

 何か、大変な事に気がついたらしい。

杏中将「どうしたんですか?先生!? そんなに怖い顔をしちゃって……」

藪「杏君、藍君。 唐突で申し訳無いが、こんな格好をしたネコマタに見覚えは無いかね」

 と言うなり、藪先生は近くにあったメモ用紙をとって、ネコマタらしき人物の似顔絵を書き始めた。


↑似顔絵(イメージ)

杏中将「あっ!! 空お姉ちゃん!!

 杏中将が、夜中にも関わらず大声を上げた。

藪「……空、か。 どうやら、杏君の知り合いのようだが……」


藍副長「その人物は恐らく、元帥閣下の妹であり、かつ杏中将の姉である『空大佐』なるネコマタにございます。

もっとも、彼女は生前は我々空軍所属ではなく、海軍の所属でしたが……」

藪「なるほど、杏君と元帥君の身内か…… 

私が『霊視』した所によると、この本にはさっき書いた似顔絵のネコマタ…… 『空大佐』なる人物が憑いている」


杏中将「え…… 藪先生って、『霊視』なんて大それた事できるんですか?」

 杏中将が、驚いたような表情を見せる。

藪「ドミニオンの世界では、『霊視』を始めとしたいわゆる『心霊療法』の類も立派な医学の一つに数えられている。

特に私の母校である『ドミニオン大学医学部』では、『心霊療法』は必須とされているからね。 嫌というほど、叩き込まれた。

……まあ、そんな事よりも……杏君、藍副長。 君達に医師として一つ、伝えねばならぬ事がある」

杏中将「え……伝えたい事って?」

藪「本来、ネコマタという物は他の生命体の生命力を借りて生きている精神体だ。

今回の空君のように、生命体でも何でもないただの本に長期間憑依していると、徐々に自分自身の霊力を食いつぶし……

最終的には、その魂は消滅してまう」

杏中将「ええっ……空お姉ちゃんが……」

 杏中将の表情に、驚愕の表情が浮かんだ。 自分の姉が消滅すると聞かされたのだから、当然の反応だろう。

藍副長「それで、藪先生。 空大佐は、後どのくらい持つのでしょうか?」

藪「それなんだが…… 私の見たところ、空君の霊力は殆ど尽き掛けている。 このまま放っておけば……」


藪「空君は24時間以内に、間違いなく消滅する


杏中将「ええっ!!

 杏中将が、悲鳴にも等しい声を上げた。

杏中将「そ、空お姉ちゃんが…… 藪先生、何とか助ける方法は無いんですか!?」

藪「杏君、慌てる事は無い。 幸い、治療法については心当たりがあるが……

その治療法を実施する為には、彼女の精神内部に入り込む必要がある。

……杏君、それに藍副長。 済まないが、一緒に来てはくれないだろうか?」

杏中将「は、はい先生!」

藍副長「私でよろしければ、喜んで」


藪「感謝するよ、二人とも。 では、二人とも目を閉じて……」

 そういうなり、藪先生は目を閉じ、意識を空大佐が憑いている本へと集中させ始めた。





再び アクロニア王国王宮(夢の中)



フロースヒルデ「遅いわね、ミューったら。 一体どこほっつき歩いてるんだか」

 夢の中に入ると、まず私はミューに言われたように最初の王宮でミューを待っていた。

 待っていたのだが、中々彼女はやってこない。

 どのくらい待っただろうか……



ミュー「悪ぃフロース。 遅くなっちまった」

 やっと、ミューが姿を現した。

フロースヒルデ「遅いわよ、ミュー。一体何していたのよ!?」

ミュー「済まない、フロース。 ちょっと、色々と準備していた」

フロースヒルデ「まったく…… 来るのが遅れるんだったら前もって言ってよね、ミュー」

ミュー「……すまんすまん。 じゃあ、こんな所で時間を潰すのもアレだから、さっさと他力本願な王妃様ん所行こうぜ」



王妃の間


王妃様「おや、勇者様。 一体何の用でしょう?」

 王妃の間に来ると、昨日と同じように他力本願な王妃様が出迎えてくれた。

フロースヒルデ「私の仲間が王妃様に用があるそうなので…… 連れてきました」

王妃様「まあ、勇者様のお仲間さんが? 分かりました、お通ししてください」

フロースヒルデ「分かりました」

 私は外で待っているミューにちらっと合図をする。


ミュー「失礼する」

 ミューが、王妃の間に入ってきた。

王妃様「貴女が、勇者様のお仲間さんですね。 私に用があると伺いましたが……用件は何でしょうか?」

ミュー「用件とは他でもない……」


ミュー「あたし達に、この国の海軍(アクロニア海軍)の指揮権を一時、
譲ってくれないか?



王妃様「!!」

 ミューの提案に、王妃様は何故か驚きと戸惑いの表情を見せた。

王妃様「……失礼ですが、何故アクロニア海軍の存在を知っているのでしょうか? アクロニア海軍はその存在自体が極秘のはずですのに……」

 王妃様はミューに対し、厳しい視線を向ける。


ミュー「悪いが、この国の軍備については、一通り調べさせてもらった。

特に海軍は総艦艇数150隻以上…… 随分大規模な海軍じゃないか」

 しかし、無論そんな事で怯むミューではなかった。

王妃様「……海軍の存在を知ってしまったのでしたら止むを得ません。 勇者様の知り合いという事なので、勝手に軍事機密を調査した事は不問にします。

ですが……インスマウスや某海鮮丼の人達にだけは、内密にお願します。

彼ら海の民にこの事が割れると、政治問題に発展しますので……」

 ECOをやっている人なら言うまでも無い事だが、インスマウス達は海を自分達の領域としており、

私達陸の者が船で大海原に漕ぎ出したり、海水浴を楽しんだりすると烈火の如く怒り出す。

ミュー「これだけの規模の海軍をもってたら、いずればれるだろうが…… 了解した」

王妃様「しかし、何故海軍の指揮権が必要なのでしょうか? 娘を助けるだけであれば、何も海軍を動かす必要があるとは……」


フロースヒルデ「……王妃様の言う通りだと思うわ、ミュー。 それにミュー、私達はお姫様を人質に取られている事、忘れた訳じゃないでしょうね?

大規模な作戦行動を起こしたりしたら、お姫様の身の安全が保証出来なくなるし……

それに、インスッスの了解無しに勝手に海軍を出動させたりしたら、政治問題にも発展しかねないわよ」

 私はとしてはどちらかというと、ミューの案には反対であった。 政治的な事を色々考えなければならない、王妃様の気持ちは私もよく分かったからだ。


ミュー「……こっちの調査では、魔王側はすでに大規模な艦隊を、居城のある島(以下魔王の島)周辺に配備しているぜ。

それも空母、戦艦など大型艦が多数配備されている」

フロースヒルデ「ええっ!?」

王妃様「!!」

 思いがけない事を、ミューは言った。

ミュー「フロース。お前も知っての通り、この世界には一式陸攻レベルの航空機が存在する。

……なら、それと同時代の軍用機が存在していても何ら不思議じゃない。

 王妃様よ、これは街の人に聞いたんだが…… フロースが来る前にも何度か、冒険者に娘の救出を依頼したそうだな」

王妃様「ええ…… でも、彼らは二度と帰ってくる事はありませんでした。

恐らく……魔王にやられてしまったのでしょう」

 悲しげな表情で、王妃様は呟いた。

ミュー「いや、そいつは違うな。 帰らぬ人となった冒険者達の大半は魔王にやられたんじゃない……

辛うじて生きて帰ってきたホムラ(火の鳥)の話では……」


ミュー「ほぼ全員、上空で待ち構えていた艦載機(戦闘機)にホムラ(火の鳥)ごと叩き落とされたそうだ」

王妃様「ええっ!? そ、そんな……」

ミュー「空から魔王の城へ行くのがほぼ不可能な以上、あたし達が魔王の島に近づく為には……

魔王の島周辺の制海権を取る必要が、どうしてもある。

あたしが海軍の指揮権を欲した理由は……実にそれなんだ」

王妃様「なるほど……」


元帥「でもミューちゃん。 まだ問題は残ってるよ。

さっきフロースちゃんも言っていたけど、人質になっているお姫様の事と、インスマウス達の問題……

この2点、どうする気なの?」

 それまで黙っていた元帥が、ミューに疑問を投げかけた。

ミュー「お姫様については、ホワイトの奴に救出を頼んでおいた。

あたし達が魔王の島周辺にうろうろしている敵艦隊を襲撃し、敵の目がこっちに向いている間に……」

フロースヒルデ「ホワイトちゃんがお姫様を魔王の城から『盗み出す』という算段ね」

ミュー「その通りだ。  あとはインスッスどもへの対策についてだが……」

 ミューが言いかけたその時である。

声「た、大変です!王妃様!!

 突如、大声がしたと思うと……


 次の瞬間には、侍女の女の子が駆け込んだ来た。

王妃様「一体、どうしたというのですか?」

侍女「そ、それが……」

(注:イメージ画像)


王妃様「!!」

 王妃様は驚愕のあまり、一瞬石化した。

 娘をさらっただけならいざ知らず、魔王の方からこちら側に侵攻してきたのだから、当然といえば当然の反応だ。

 が、そこは国を預かる者。 すぐに落ち着きを取り戻し……


王妃様「敵が海軍を動かしてくるなんて……

それに、そもそも魔王が所有している海軍について、インスマウス達が抗議しないのも不思議ですね……」

侍女「はい。 今回の侵攻に当たっても、魔王軍の行動について、インスマウス達は見てみぬ振りをしている模様です」

王妃様「海の上を堂々と行軍してもインスマウス達が抗議しないなんて、どういう事でしょう……」

 不思議がる王妃様。

ミュー「……その理由は簡単だ、王妃様よ」


ミュー「『魔王』とインスマウス達は、グルである可能性が極めて高い。

……とにかく、今は攻めてきた奴らを迎撃しないと始まらん。 王妃様よ、海軍の出動許可と指揮権の委譲を」

王妃様「……わかりました。勇者様とその仲間達に我が海軍、預けてみます」

ミュー「ありがとう。 恩にきるぜ、王妃様よ」

 ようやく、王妃様は海軍の指揮権を私達に譲ってくれた。

 だが、私にはまだ、一つだけ疑問点が残されていた。


フロースヒルデ「ねえミュー。海軍の指揮を執るのは望む所だけど……

結局のところインスッス達への対策は、どうする気なの?」

ミュー「奴らへの対策ねぇ…… そりゃ勿論、奴らがふざけた抗議をしてきやがったら……」


ミュー「……爆雷で教育するに決まってるだろう


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