日記第24回(後編)
翡翠「お買い上げ、どうもありがとうございました」
それから暫く後、我輩達は、翡翠女史より沈黙薬や気絶薬など、藪殿が使いそうな薬品を大量に仕入れたのである。
特に『沈黙薬』は、日頃から藪殿が『材料のスノードロップが手に入りにくい』とぼやいていた記憶があるので、
クリスマスプレゼント代わりにあげれば、喜びそうなのである。
ジークウルネ「さて……買う物も買ったし…… そろそろ帰りましょうか、ノレン」
ノレンガルド「うん…… あ、その前に先生(南軍守衛)にクエスト達成報告しなきゃ」
ジークウルネ「それもそうね…… それと、帰り際にクエ品とか装備品とか……色々買わないとね」
ノレン少年とウルネ嬢が話し込んでいると……
シルバー「ああ、買い物でしたら…… 今アップタウンの白聖堂裏で、マーチャントギルド主催の歳末バザーをやっているのであります。
もしよろしければ、見ていくといいのであります」
ジークウルネ「バザーですか…… わざわざご親切にどうもありがとうございます。
それでは、時間があったら立ち寄って……」
と、ウルネ嬢がいいかけた時なのである。
SE:ツルルルル……
突如、ウルネ嬢の携帯電話の呼び出し音が鳴ったのである。
ジークウルネ「あ、はい…… あ、姉さん。 ……わかりました。今、フレイヤに戻りますね」
SE:ぴっ(携帯電話切る音)
ジークウルネ「ノレン。 姉さんの呼び出しがあったから…… 私は先にフレイヤに戻るわね。
鴎外、ノレンの事よろしく頼むわね」
鴎外「了解、なのである」
ノレンガルド「あ、ジークお姉ちゃん。 僕達はクエスト報告終わったら、シルバーさんが言っていた『歳末バザー』に立ち寄るつもりだけど……
何かかって欲しい物ってある?」
ジークウルネ「買って欲しい物…… と、そうね……
『禁断の果実』か『古い紙幣』があったら、まとめて買っておいてくれないかしら。 あれは私のクエスト消化用に良く使うのよ。
あとこれは安かったらでいいんだけど、『エンドオブブック(L90用WIZ系・シャーマン系用武器)』があったら買ってきてくれないかしら?」
ノレンガルド「『禁断の果実』か『古い紙幣』、それと『エンドオブブック』ね…… 了解〜。
じゃあ、僕達はそろそろ行くね〜」
ジークウルネ「わかったわ、ノレン。 くれぐれも、未実装スキルを悪用しちゃ駄目よ」
ノレンガルド「は〜い。 じゃあ、いってきます〜。 鴎外、行こうか」
ノレン少年と我輩はウルネ嬢に別れを告げ、その場を後にした。
暫く後……
アップタウン・白聖堂裏
ノレンガルド「うあ……凄い人手だね」
鴎外「確かに……そうなのである」
ノレン少年と我輩は、シルバー女史に紹介されたバザーへとやってきた。
年末とあって、バザーは買い物客で溢れかえっているのである。
ノレンガルド「さて……どこから回ろうかな……と」
ノレン少年がバザーをどこから回るかを思案していると……
クローラーキャリアー(毛)「ええ……やわらかな羽に強力磁石など、各種クエ品はいかがですか〜」
人語を話すジャージーワームが、人間の商売人達に混じって客引きを行っていていたのである。
本当はこのジャージーワーム、『クローラーキャリアー(毛)』というらしいのであるが……
アンブレラの身である我輩には、ジャージーワームとクローラーキャリアー(毛)がどう違うのか、今ひとつ理解できぬのである。
ノレンガルド「あれは……石動 仲さんだね。 人語を話すジャージーワームなんて、アクロ中探しても仲さんくらいしかいない……
って、フロースお姉ちゃんが言っていたし」
鴎外「なるほど…… 確か、仲氏の主人はシア殿というマーチャントであったはずであるから……
察する所、主に代わって商売をやっているのであろう」
ノレンガルド「そうなんだ……」
仲「みなさんお願いです! 売り上げが伸びないと、後で私、シアさんに八つ裂きにされてしまうんです!
お願いだから、買ってください〜!!」
道行く客に呼びかける仲氏の声は、必死を通りこして悲鳴に近いのである。
こう言っては仲氏に失礼ではあるが……
ノレン少年のような温厚な人物のペットになれた事を、神に感謝せずにはいられないのである。
ノレンガルド「とりあえず鴎外、仲さんの露店から回っていこう。 やわらかな羽は丁度、僕も欲しかった所だから」
鴎外「了解、なのである」
仲「いらっしゃいませ…… っと、貴方は『フレイヤ』のノレン君ではありませんか」
我々が仲氏の前に出るなり、彼はノレン少年の素性をずばり言い当てた。
ノレンガルド「え? 何でわかったの?」
仲「こう見えても、私はいわゆる『ネタブログ界』の動向には詳しいんですよ。
ネタブログ界……否、ECOの世界を通じてみても、アンブレラを飼っているお人なんて、ノレンさんぐらいしか思い浮かびませんでしたから……」
ノレンガルド「ふ〜ん……そうなんだ。
で、やわらかな羽を買いに来たんだけど…… 一枚いくらかな?」
仲「一枚2000Gになりますが……」
ノレンガルド「え〜! 高いよ〜!」
仲氏がやわらかな羽の単価を言った瞬間、ノレン少年は露骨に不満の声を上げた。
仲「え…… お言葉ですが、やわらかな羽の四葉鯖での相場は、このくらいですよ」
仲氏も負けじと、反論するのであるが……
ノレンガルド「『やわらかな羽』採取のクエは、一回当たり3枚要求されて、報酬が4400Gなんだよ。
で、羽を一枚2000Gで三枚買うと6000Gになるから…… 一回のクエ辺り1600Gの赤字になっちゃうんだよ。
せめて、赤字が出ないような価格設定には出来ないのかな……」
仲「価格設定……といいましても、その……」
ノレンガルド「やわらかな羽の原価は確か、(ルミナスフェザー等から強奪すれば)0Gだったはずだよ。
値引きする余地は、いくらでもあるんじゃないかな?」
仲「う……」
ノレン少年の理論攻めに、仲氏は次第に追い詰められていったのである。
仲「いや……やっぱりこれ以上の値引きは辛いので……」
仲氏がそういいかけた次の瞬間である。
ノレン少年の『気迫』ゲージがマックスになり、仲氏を圧倒し始めた。
ノレン少年は仲氏との交渉中も、密かに『Enterキー連打』で気迫ゲージを溜めていたようなのである。
すでにノレン少年に論破されつつあった仲氏には、ノレン少年の気迫攻撃に耐え切るだけの余力は、のこされていなかったのである。
仲「……参りました、ノレンさん。 やわらかな羽ですが、半額の1000Gにてお売りしましょう」
ノレンガルド「わ〜い! やった〜!!」
そしてとうとう、仲氏は値引きに応じてたのである。
仲「あ、そうそう。 オマケといっては何ですが、この謎めいたスキル石、サービスとして差し上げます」
というなり、仲氏は一つのスキル石を差し出した。
そして、そのスキル石に添付されていた説明書には、こう記されていたのである。
『未実装スキル石・光塔屋上Mob召喚 解説:使用すると、光の塔の屋上に生息するMobを5秒間だけ呼び出します。
但し、使用者に光塔屋上Mobの知人が居なかった場合、問答無用で呼び出されたMobに使用者がフルボッコにされます』
鴎外「……大多数の冒険者にとっては駄目スキル石なのであるな、これは」
言うまでもない事ではあるが、光の塔のモンスターに知り合いがいる冒険者など、一部の例外を除いて殆ど皆無なのである。
仲「ええ。 クジのハズレ品として無理やり押し付けられて、倉庫を圧迫していたんです。
ひきとってもらえれば、こちらとしてはとても嬉しいのですが……」
ノレンガルド「鴎外、とりあえずこのスキル石もらっていこう。
ドルイド転職の時に、光の塔屋上のモンスターさん達とは仲良くなれてるから……」
ノレン少年はドルイド転職時、わけあって光の塔屋上にいるモンスター・アルケーに『ドルイドの刻印』を施してもらった経験があるのである。
鴎外「しかし、ノレン少年が使う分にはフルボッコの危険は無いのであるが…… それでも、モンスターを呼び出せる時間はたったの5秒なのである。
使い道にとても困る代物には、変わりないのである」
ノレンガルド「大丈夫だよ、鴎外。 使い道ならいま思いついたから……
さ、次の露店にいこっか、鴎外」
鴎外「ああ、待つのである、ノレン少年」
含みのある笑みを浮かべながら、ノレン少年は露店巡りに戻っていったのである。
数分後 マーシャの露店
マーシャ「禁断の果実に、古い紙幣はいかがですか〜 ……と、いらっしゃい〜」
ノレンガルド「とりっく ぉぁ とりーーと」
ノレン少年、マーシャ嬢の前に立つなり、ハロウィンイベントでお菓子をねだる時の決まり文句を述べたのである。
マーシャ「ええと……僕。 今は年末。もう、ハロウィンはとっくの昔に終わっているんだよ……」
マーシャ嬢は、困惑気味にノレン少年を説得し始めたのであるが……
ノレンガルド「『禁断の果実』半値で売ってくれないと……」
無論、ノレン少年は聞くものでは無い。
そしてここで、ノレン少年は、先ほど仲氏からもらったスキル石を使ったのである。
すると、たちどころにして近くの空間がゆがみ……
ノレン+呼び出された塔屋上Mob三人衆「食べちゃうぞ〜〜」
塔屋上モンスター三匹が5秒間だけ現れ、ノレン少年とともにマーシャ嬢に睨みを利かせたのである。
マーシャ「!!」
そして仮面ノレン+塔屋上Mob三人衆の睨みの前に、マーシャ嬢はただただ硬直するしかなかったのである。
ノレンガルド「わ〜い! 禁断の果実が相場の半値で買えたよ〜」
マーシャ嬢相手の値切りに成功し、ノレン少年、ご満悦なのである。
鴎外「なにはともあれ、おめでとうなのである、ノレン少年」
見方によっては『強請り(ゆすり)』に見えなくも無い値引き交渉…… であるとはあえて口にはしなかったのである。
もっとも、言った所で『強請りって何?』と切り返して来る事は、火を見るより明らかではあったが。
ノレンガルド「さて……禁断の果実は買ったから、あとはジークお姉ちゃん用の『エンドオブブック』を買わないとね。
でも……あれって高いからなぁ……」
鴎外「最後に我輩が見たところによると、3M近くしたのであるからな……かの本は」
ノレンガルド「うん…… せめて、1Mくらいで買えないかな……」
と、我輩たちが悩んでいた所……
若い商人「さあさあ、諸君。 今、90武器各種が安いぞ。
レーザーブレード2M、エンドオブブック1.5Mでどうだ?」
近くにいた若い商人が、我輩達が捜し求めるエンドオブブックを販売しはじめた。
鴎外「あれは……一族のクラファー氏なのであるな」
ノレンガルド「そうみたいだね。 でも、エンドオブブック1.5Mは、買えなくも無いけどまだ微妙に高いなぁ……
ちょっと1Mで売ってもらえないかどうか、交渉してみよう……
クラファーさん、こんにちわ〜」
クラファー「おお、誰かと思ったら『フレイヤ』の黒一点、ノレン君では無いか。 買い物の途中か?」
ノレンガルド「うん、そうだよ。 で、早速だけど、そこに売っているエンドオブブック……
1Mで売ってくれないかな?」
早速本題に入るノレン少年。 用件を聞いたクラファー氏は少し考えこんだかと思うと
クラファー「ノレン君。 売ってもいいが、一つ条件がある」
ノレンガルド「条件? 何?」
クラファー「君のネタ力がどれほどのものか、ためさせてもらおう。
そのネタ力如何によっては、この本を1Mで売ってやらない事も無い」
いきなり宣戦布告してきたクラファー氏。
ノレンガルド「わかったよ〜 で、具体的には何をすればいいの?」
そしてノレン少年も、クラファー氏の挑戦を受けて立つ姿勢をみせた。
クラファー「こうすればいい」
というなり、クラファー氏は『気』……マニアックな言葉で言えば『オーラ力』を溜め始めた。
ノレンガルド「うわ……凄い気迫だ。 こっちも負けないぞ〜」
それに対して、ノレン少年も負けじとEnterキー連打で『ボケ』を溜め始めたのであるが……
クラファー氏の『オーラ力』の上昇には、とても追いついてはいかないのであった。
そして……
クラファー氏のオーラ力……否、『煩悩』ゲージがマックスになり、ノレン少年を圧倒し始めたのである。
クラファー氏は得意のエロス話で、一気にノレン少年をやりこめようとしたのである。
しかし、ノレン少年は、そんなクラファー氏のエロス話に対して……
ノレンガルド「女の人のお尻なんか見て、何が楽しいんですか?」
全く興味が無さそうに、こう切り返して来たのである。
クラファー「!!」
ノレン少年の冷酷なまでのカウンターパンチに、さしものクラファー氏も一瞬硬直してしまったのである。
……これは言うまでも無い事ではあるが、ノレン少年は『エロス』に心ときめかすような精神年齢には、未だ達していないのである。
そしてそのうちに……
ノレンガルド「とりっく ぉぁ とりーーと」
唐突に仮面を付け、再び『時期遅れすぎのハロウィン攻撃』態勢に移ったノレン少年。
そして……
ノレン少年の『ボケ』ゲージがMAXになり、クラファー氏を圧し始めたのである。
クラファー「ぬうう!! この私が押されているだと……
だがやらせはせん! やらせはせんぞぉぉぉ!!!」
クラファー氏側もこのまま負けてなるものかと、再び煩悩ゲージを猛烈な勢いで溜め始めた。
が……
復唱:エンドオブブックは、誰かに買われてしまいました。
クラファー&ノレン「!!」
残念ながら、エンドオブブックは第三者に1.5Mで買われてしまったのである。
そして、買われた事が分かった途端、両者の気力は一気にしぼんでしまったのである。
ノレンガルド「あ〜あ、もうちょっとだったのに…… 残念だなぁ」
ノレン少年は仮面を外し、残念そうにつぶやいた。
クラファー「残念だったな、ノレン君。 だが……このクラファーを一時的とはいえ追い詰めたのは、純粋に評価に値するぞ」
クラファー氏は、いままでノレン少年に対し労いの言葉をかけた。
ノレンガルド「ありがとう、クラファーさん」
クラファー「次に私相手に値切り交渉を仕掛ける時は、もっとネタ力を付けてから来てくれたまえ、ノレン君。
女の子を2〜3人心服させれば、おのずとネタ力は付くだろう」
ノレンガルド「うん、わかったよクラファーさん。 じゃあ、僕はそろそろ帰らなきゃいけないから、またね、クラファーさん」
クラファー「ああ、またな」
ノレン少年は、クラファー氏に別れを告げてその場を後にしたのである。
鴎外「エンドオブブック、買えなくて残念だったのであるな」
ノレンガルド「しょうがないよ、鴎外。 相手はあの一族のクラファーさんだし……
あそこまで食い下がれただけでも、良しとしなきゃ」
まるで最初から勝算は薄いと分かっていた様子で、ノレン少年は呟いた。
鴎外「しかし本当の話、ウルネ嬢の90武器の件、どうするのであるか?
まさか、いつまでも今ウルネ嬢が使っている『タイタニアロッド(L70杖)』を使い倒す訳にもいかないであろうに……」
ノレンガルド「いや、いま急いで手に入れなきゃいけないものでないよ、ジークお姉ちゃんの90武器は。
何故ならジークお姉ちゃん、90どころかまだレベル80代にも入っていないんだよ」
鴎外「なるほど…… しかし、聞くところによるとレベル80の杖も、入手がやたら困難であるとは聞いたことがあるのである。
90の武器より、まずはそっちの方を先に、確保する必要があるのであるな」
ノレンガルド「ああ、80の杖ならもう確保してあるよ〜」
というなり、ノレン少年はディバックより、一本の杖を取り出した。
鴎外「ほう…… こいつは紛れも無く、80杖『ミンストレルノート』なのである」
ノレンガルド「うん。 ちょっと耐久は削れているみたいだけど、修理すれば十分使えるよ」
鴎外「そうなのであるか…… で、この杖、一体いくらしたのであるか?」
ノレンガルド「1Gもかかってないよ。タダで手にいれたんだよ、これ」
鴎外「0Gで? 一体どこから手に入れたのであるか?」
ノレンガルド「この杖はね、実は……」
ノレンガルド「バザー会場近くのゴミ箱を漁ってみたら、偶然出てきた代物なんだ」
鴎外「!!」
……まあ何はともあれ、こうして波乱に満ちた歳末買出し紀行は無事終了したのである。
百戦百勝とはいかなかったが、ほしい物を案外安く買えたので、我輩個人的には満足なのである。
それでは読者諸兄も良いお年を、なのである。
2007年年末 アンブレラの鴎外
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