日記30話(4)



開路下町駅 待合室


西院「お抹茶をどうぞ、フロース様」

フロースヒルデ「ああ、ありがとう西院さん」

 その頃、艦長は駅構内の待合室に案内されていました。


フロースヒルデ「じゃあ、早速だけど…… この駅についての説明をしてくれないかしら」

西院「かしこまりました。フロース様」


西院「この開路下町駅は『開路急行電鉄(あくろきゅうこうでんてつ)』……通称『開急(あくきゅう)』線の駅です。

そして先ほども申し上げました通り、この駅、ならびに開急線は現在も運行を続けておりますので…… 

決して、機械文明時代の遺物ではありません」

フロースヒルデ「ほむ……」

(←クリックすると拡大表示します)
西院「次に、当社周辺の路線網についてざっと説明致します。

一般PCの方には知られてはおりませんが、当社は一部を除くエミル界全土に路線網を展開しています。

上の路線図を見てもらえればお分かりのように、当駅はノーザン方面とサウス方面を結ぶ線と、イースト方面とモーグ方面とを結ぶ線が交差する、

重要な駅となっております」


元帥「ちょっと質問、いいかな? 西院ちゃん」

 元帥が唐突に、西院さんの話をさえぎりました。

西院「はい、なんでしょう?」

元帥「この路線図を見ると、確かにトンカ方面以外の殆どの所に路線網を展開しているみたいなんだけど……」

西院「ええ」

元帥「でも、見た限りこの世界で鉄道なんか、アイアンサウスの一部地域以外では見かけた事ないよ」

西院「その疑問は……もっともだと思います」


西院「実は当社線の地上部分には、保安上・景観上の理由からアイアンシティの一部地域を除き……

鉄道施設全体に特殊なインジビブルがかけられています」

フロースヒルデ「特殊なインジビ?」

西院「はい。 分かり易く説明する為、2枚の写真を用意しました」


西院「これはステップ砂漠で撮影した写真ですが…… 見たところ、何の変哲も無い光景ですよね」

フロースヒルデ「ええ……」

西院「ところが、同じ場所を当社線が『見える』人から観察すると……」


西院「……こんな具合になります」

フロースヒルデ「!!」

 西院さんの示した二枚目の写真には、ステップ砂漠には存在しないはずの線路と、

同じくエミル界には存在しないはずの特急型電車が映っていました。


フロースヒルデ「これは…… エミル界には蒸気機関車くらいしか存在しないと思っていたけど、まさかこんな立派な電車まで走っているなんて……

でも、私達の見えないところでこんな立派な電車が走っていたりすると…… 姿の見えない列車に轢かれたりしないかしら?」

西院「その点はご安心下さい。 この特殊インジビブルには姿形を隠すだけでなく、当り判定をも消してしまうという効果もあります。

従いまして透明化した列車に接触したとしても、死ぬような事はありません。

サウスダンジョンのモンスター達は機関車に轢かれてもダメージが通りませんが(すり抜ける為)、

あれと同じような物と考えていただければ結構です」

フロースヒルデ「ふむ……」

西院「もっとも、このインジビがかけられた状態では列車に乗ったり、駅に入る事も出来なくなりますので……

このままでは列車を利用する事はできません」

元帥「んじゃ……どうやって利用するの?」


西院「当社が発行する利用許可証を携帯していただければ、そのPCのお客様に対してはそのインビジビルは無効になります。

分かり易く言えば許可証を携帯しているPCだけが、普通のPCには見えない線路や列車、駅施設を視認したり……

列車乗ったりする事が出来るようになります。

もっとも、列車との当り判定も復活してしまいますので…… 万が一列車に轢かれた場合、命の保証は致しかねますが」

元帥「そっか……要するにここって、会員制の鉄道って訳かな? 『一見さんお断り』の老舗料亭みたいな……」

西院「はい。 一般プレイヤーのお客様に対しては、誠に勝手ながら『会員制』を取らせていただいています。

そもそもこの『開路急行電鉄』は元々NPCのお客様向けに敷設された物ですので……

プレイヤーキャラに開放され始めたのは、社長が変わったつい最近の事なんですよ」

フロースヒルデ「なるほどね……ここは元々NPC用に作られた鉄道だったのね」

西院「はい。 勿論先ほどの特殊インビジビブルは、NPCの皆様に対しては無効となっていますし……

また、NPCの皆様は当社のブラックリストに乗っている人物を除き、誰でも利用できる事になっております」

フロースヒルデ「なるほど……」

 話を聞く限り、この鉄道の主なお客さんはエミル君を始めとしたNPCの皆様のようです。


フロースヒルデ「……でも西院さん。まだ疑問は残っているわ。 何でまた、私達PCに存在を秘密にしているのかしら?

一般プレイヤーにも公開すれば、お客さんも増えるでしょうに……」

西院「一般PCに当社線の存在を秘密にしている理由は、主に2つあります。

まずはいわゆる『政治的な理由』です。 当社は騎士団やマーチャントギルドからの圧力を受け……

長らくNPC以外の方には当社線を利用する事はおろか、存在すら秘密にする事を余儀なくされていました。

最近は規則が緩和されて……当社が認めた人物であれば、一般プレイヤーの方でも利用できるようになりましたが」

フロースヒルデ「なるほど……まずは政治的な圧力という訳ね」

西院「はい。 そしてもう一つの理由が……いわゆる『悪質プレイヤー』への対策です」

フロースヒルデ「悪質プレイヤー……対策?」

西院「ええ……」


西院「RMT業者等に当社線が悪用されるのを防止する目的もありますし……

平気な顔をして他のお客様や我々係員に暴力を振るったり、中傷誹謗を行ったりする問題人物を排除するという目的もあります。

当社にとってこのような方々は……最早『お客様』では無く、『招かざる客』以外の何者でもありませんから」

 それまで冷静だった西院さんが、やや興奮した様子で説明しました。

 ひょっとしたら、西院さんは過去に悪質な乗客に暴力を振るわれた過去でもあるのかもしれません。

 と、そこへ……

??「西院や、接客中の所すまぬ」

 突然、第三者の声がしたと思うと……


 一匹の雪兎ちゃんが姿を現しました。

 本体ならこの雪兎ちゃん、頭部装備品のはずなのですが……

雪兎「西院や……いきなりで悪いが、緊急事態じゃ」

 何と、雪兎ちゃんが喋りました。

 どうやら、さっきの声の主はこの雪兎ちゃんだったみたいです。


西院「お、おばあちゃん! 一体どうしたの!?そんなに慌てて?」

フロースヒルデ(西院さんのおばあちゃん……!? この雪兎が?)

雪兎「……西院や、今は勤務時間中じゃぞ。 駅長と呼びなさい」

西院「す、すみません駅長…… 

それで、一体何が起こったのですか?」


雪兎駅長「たった今、AD-18地下資材置き場にて大規模な時空の歪みが確認された。

当該地点から発せられる魔力の性質からして……恐らく、どこか別の世界へのゲートが開いた可能性が高い」

西院「別の世界へのゲート!?」

雪兎駅長「もし、繋がった先がDEM界だとちと厄介じゃ。 本来ならワシが行きたい所じゃが、今ちょっと手が離せないんじゃ。

だから代わりに現地へ行き、ゲートを早急に封鎖してくれんかの?」


西院「了解しました、駅長。 

……フロース様。申し訳ありませんが緊急事態が発生しましたので、一旦席を外します。

しばらく、この待合室でお待ち下さ……」

フロースヒルデ「ちょっと待って、西院さん」


フロースヒルデ「女の子をたった一人で、遺跡の中に突っ込ませる訳にはいかないわ。

私も付き合うわよ」

西院「え…… でも、お客様を危険な目にあわせる訳には……」 

フロースヒルデ「話を聞いた限りだと、どっか別の世界との出入り口が開いたそうじゃない。

未知のモンスターが這い出してくる危険性もあるし…… 一人で行くのは危険すぎるわ」

雪兎駅長「そのとおりじゃぞ、西院や」


        L85職服
雪兎駅長「廃人服を着た人間のアドバイスは聞いておくものじゃて。 ここは、このお客様の言う通りにしなさい」

西院「はい……」

 駅長に諭され、西院さんは素直に降参しました。

フロースヒルデ(は、廃人服って……)

 ちょっぴりむすっと来た艦長。

 しかし、状況はそんな細かい事に構っている状況では無いようです。


西院「……異世界へのゲートは長く放置しておくほど、未知の魔物が這い出している危険性が増大します。

急ぎましょう、フロース様」

フロースヒルデ「了解よ、西院さん」




一方、その頃……




重秀「何だ…… この先から妙な気配を感じる……」

 私よりちょっと先を行く重秀さんが、何か危険な兆候を察知したようです。

 と、その時……


DEM「……敵発見。排除する」

 唐突に、本来遺跡嵐には出現しないはずのDEMが私達の行く手を阻みました。

 しかし……


重秀「……」

 130Km近くのスピードが出ている機関車を、減速させずにそのままDEMに向かって突っ込ませる重秀さん。

 そして……

SE:ドーーン!!



 哀れ、DEMは機関車に轢かれて即死してしまいました。


重秀「……俺の機関車の頭部はガンダリウム合金製なんでね。最高速度で突っ込めば、チャンプDEMだって一確できるぜ。

しかし、遺跡嵐にDEMか…… おい姉貴、遺跡嵐にDEMが出るなんて話は聞いた事がないぞ。

こりゃ、この先で何かヤバイ事が起こってるんじゃないか?」


藪「……だろうな。 私もそう思う。 ひょっとしたら、ドミ界のDEM支配地域との扉が開いたか……」

 ウィスパー通信で、重秀さんと藪先生が話しはじめました

重秀「こりゃ呑気にバトルなんかしてる場合じゃないぞ、姉貴。 早い所行方不明の人物を探して、DEMの発生源をどうにかしないと……」

 アクロポリスがDEMの大軍に奇襲される危険性がある…… 言うまでもなく、この場にいる全員が理解しました。


ホワイト「で、藪先生どうします? バトル……中断ですか?」

藪「……そうするしかないだろう。 だが一刻も早く目標地点につくためにも、これまで通り全速力で走れ。

但し、以後は早く着くよりリタイヤを避ける事を最優先に行動する事。 DEMが湧き出している以上、孤立すると大変危険だ。

そして勿論、ブロック等の妨害行為は厳禁とする。いいな」

ホワイト&重秀「了解!」



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