日記三十二回(2)


数日後……


夢幻

藪「まったく……こいつも欠片をもっていないのか……」


藪「これで7回連続ノードロップだ。 まったく最近の正体不明どもときたら、気前が悪すぎてかなわん」

 ここは鯨岩ダンジョンの一角・夢幻ダンジョン。

 『勇気の欠片』の集まりが非常に悪い事に、流石のDr.藪も苛立ちを覚え始めていた。

藪「正体不明どもも、人をタゲる時は自分が欠片をもっているか確認してからかかってきてもらいたいものだ。

貴重な時間と費用を費やして、欠片集めに来ている身にもなってみたまえよ」

 余人がいない『夢幻』ダンジョンにいる事をいい事に、珍しく藪は愚痴をこぼす。

 と……

藪「? あれは……」

 ふと、藪の視界に『あるもの』が入ってきた。


藪「何故こんな所にDEMが……」

 そう思いつつ、藪の足は自然とDEMの少女の元へと向かっていた。

 長年医師という仕事を続けている身故、倒れた人影を見ると反射的に救護活動に向かう体質になってたのだろう。

藪「ふむ……どうやら意識は無いようだ。 脈は……まあ、DEMだから元からあるわけがないか。 

しかし、流石の私もDEMの診察は専門外だ。 帰って、彼女に……」

 と、いいさした時である。


SE:ピキーン!

 いつの間にか横湧きしていた正体不明が、藪に襲い掛かろうとしていた。

 が。


藪「そこの君。 今私は救護活動中だ。 少しは自重したまえ」

 ドスを効かせた声で、藪はその正体不明に言った。

 一瞬、たじろぐ正体不明。

 が、すぐにその正体不明は突っ込んでくる。

SE:バキッ


藪「貴様は救護活動中の人間を襲えと命令されたのか?

正体 不明
海 兵 は命令も無しにスタンブロウを使うことも、『勇気の欠片』不携帯で戦いを挑む事も許されん」

 襲ってきた正体不明を叩きのめした上、理不尽な理屈を述べる藪。

藪「ともあれ……安心しろ。 急所は外しておいた。

貴様には一つ、私から重要な命令がある」

正体不明「……」


藪「私はこれから、この少女を人里まで搬送せねばならない。

だが手持ちのベリルの調子が悪く、憑依できる状態では無いから……このままでは彼女の搬送に多大なるリスクが生じる。

そこで……貴様に脱出路の確保を命じる」

正体不明「……」

藪「何、貴様の任務は簡単だ。 先行して他の正体不明どもを説得し、道を空けてくれればいい。

……事は一刻を争う。 すぐに任務開始だ、いいな」

正体不明「……」


藪「返事は?


正体不明「さ、サー!イエッサー!!

 藪の気迫の前に圧倒された正体不明は、そう答えるより他に選択肢が無かった。



戦闘庭フレイヤ機関室兼研究室


藪「ミュー君、仕事中すまない」

 30分後、藪の姿は自分の勤務先である戦闘庭フレイヤの機関室にあった。


ミュー「いや、構わないよ。 今は停泊中だし、研究開発か機器のメンテナンスくらいしか仕事は無いからな。

で、今日は何の用だ?」

 ひょっこり藪が機関室に入ってくる事は珍しく無い為、この庭の機関長であるミューは軽く答えた。

 が、その次に出てきた藪の言葉に、ミューは驚かされる事になる。


藪「ミュー先生、急患だ

ミュー「ちょ……!」


ミュー「……おいおい。 その台詞はお前が一番言ってはならない台詞だろう。

第一、急患の診察は軍医であるお前の仕事じゃないのか?」

藪「いや、実はな……」



ミュー「……急患は急患でも、DEMの急患か。 確かに、こいつはあたしの領分だな」

藪「……で、ミュー君。 彼女の修理は……出来そうか?」

ミュー「検査してみないと何とも言えないが…… メインメモリさえやられていなければ何とかなるとは思う。

しかし藪…… お前さん、何でまたDEMなんか助ける気になったんだ? 確か、お前の世界はDEM達に……」

藪「登山家が山を登るのに、理由など必要としないだろう。 それと同じで……」

ミュー「医者が命を助けるのに理由などいらない……か。 たしかに」


藪「それに……DEM達一人一人は命令を忠実に実行するだけの、純粋な人形に過ぎない。

DEM達を指揮しているピロリ菌野朗には確かに怒りを覚えるが…… 末端のDEM達を怨んだ所で何も始まらんだろう。

見方を変えれば彼らもまた……ドミ界で行われている戦乱の犠牲者であるとは思わないかね?」


ミュー「そうだな…… 考えてみれば、DEM達は上が命令するから人殺しをしたり、破壊活動をしたりするんだよな。

そうして言われるままに行動して罪を重ね、最後には復讐に燃える人間達の手によって壊される……

DEM達の大半は生まれながらにして、こんな救いの無い人生を歩む運命にあるわけか……」

藪「その通り。 ……が、ここに連れてきたDEMの少女くらいは、そんな悲惨な運命から救助してもバチは当らないだろう」

ミュー「そうだな。 じゃあ、時間が惜しいから早速修理の準備をしないと……」

 言いさして、ミューの言葉は突如止まる。

 何気なくDEMの少女の体を見ていた彼女の目に、とある文字列が飛び込んできたからである。




ミュー(こ、この識別番号は……まさか……!!)


ミュー(こいつはこないだドミ界であった、あの礼儀正しいDEM子か……! 何で、こんな事に……!!)

 ミューの表情は、みるみる驚愕色に染まっていった。


藪「? どうしたのかね?ミュー君」

ミュー「い、いや……何でもない。

それより藪……ひょっとしたら修理は徹夜になるかもしれん。 明日の朝飯は抜きでいいよ」

藪「朝食を抜くのはお勧めしかねるが……今回ばかりはやむを得ないか。

それでは、私は夢幻狩りで疲れたから先に休む。 朝飯が必要になった時はいつでも声をかけてくれ」

ミュー「ああ。それじゃ、お休み」

 機関室を退出する藪を見送ると、ミューは改めてDEMの少女の方を向いた。


ミュー(……少しばかり我慢していてくれ。 必ず……あたしが直してやるからな……!!)


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