日記八回目(中編)

 注:今回も一部画像(ヘッドロックのエミル関係の画像全般・akabanの名の付く画像ファイル)は、ライさんの許可を得て使っています



マーシャ「ああ……エミルの顔は……口裂け男……」

 SE:ドサッ

 マーシャはエミルの文字通りの「鬼の形相」を見るや否や、即座に失神した。



フロースヒルデ「……」

 私も身の危険を感じ、剣を構える。

 

エミル「何故そんなに驚く。 俺はこの『エミル・クロニクル・オンライン』の主人公、ヘッドロックのエミルだ」

 エミル君の格好をした異形の者は、そう言い放った。

フロースヒルデ「冗談は顔だけにしてください。 私達に、一体何の用です?

返答次第では…… 斬ります」

 私もなりたてとはいえ、ブレイドマスターの端くれ。 故に、『エミル』を名乗るこの化け物と斬りあいになる覚悟は出来ている。

 それに、これある事を予期していたわけではないが、私にはバウンティハンターにスイッチした時に憶えた「人間系ダメージ向上L5」がある。

 故に人間系の敵との斬りあいは、得意な部類に入る。

エミル「おいおい、そんな物騒な物はしまえよ。 俺はお前と喧嘩しに、わざわざ待ち伏せしていたわけじゃないんだからな」

 だが、予想に反して化け物はそう言った。

 向こうが戦うつもりで無い以上、こちらも剣を構える理由は無い。

 無用な殺生は、私の望む所では無いからだ。

 だが、相手はわざわざ私を待ち伏せていた……という点が気になった。

フロースヒルデ「何故……私を待ち伏せていたのですか?」



エミル「お前の仲間にS・ミューっていうタタラベがいるだろう? 聞いたところによるとお前、奴の素性を調べているんだってな」



フロースヒルデ「!! どうしてその事を……」

エミル「さあてな…… その情報の出所については、それ以上聞かないほうが身の為だ。

まあ、そんな事はどうでもいい……」

 と、ここで化け物は言葉を区切り、続ける。

エミル「実は俺の方でも、さる理由で奴の素性を探っているのよ。 どうだい? 一つ情報交換しないか?」

 どうやら、かの化け物もミューの事を探っているらしい。 

 私もミューの事を探っている事を聞きつけ、取引する為にわざわざこんな所で待ち伏せしていたそうだ。

 しかし、何故私が光の塔まで来る事を事前に察知していたのだろう……

エミル「くっくっくっ…… 何故俺がお前の行動を読めたのか気になるらしいな。

前々から、そこのマーシャって女の深層意識に、定期的に俺に情報をウィスパー送信するような暗示をかけているのさ。

もちろん、本人にその自覚は無いがな、くっくっく……」

 こちらの心を見透かしたかのごとく、化け物は種明かしをしてきた。



フロースヒルデ「情報交換に応じる前に、まずはこちらの質問に答えてください。

何故、貴方はミューの事を追っているのですか?」

 かの化け物が素直に質問に答えるとはおもえなかったが、あえて私は化け物に質問した。



エミル「……話すとちと長くなるが、構わんか?」

 だが、化け物はあっさり質問に答える姿勢を見せた。

フロースヒルデ「ええ、かまいませんよ」

エミル「あれは、3〜4ヶ月くらい前の事だったかな…… イストー岬での事だった。

全ての駆け出し冒険者があそこでチュートリアルを受ける規則になっているのは、お前も知っているな」

フロースヒルデ「ええ。そのくらいは……」

エミル「あの時、俺は『表向きの姿』で初心者の相手をしていた……

だがある時、うっかりこの姿をとある初心者冒険者の前で晒してしまった。

その初心者冒険者というのが…… お前も知っている、S・ミューって奴さ」

フロースヒルデ「……」



元帥「それで……ミューちゃんを消そうと行動している訳だね。『垢BANノートのエミル』君」

 それまで黙っていた元帥が、化け物にそう言った。

エミル「ぐっ……貴様、どうして『垢BANノート』の事を……」

元帥「あたしだって、伊達に『元帥』の称号を持っている訳じゃないんだからね。 だから、『垢BANノート』を含めた一部の極秘情報も、

耳に入っているって訳」

エミル「なるほどな…… 流石は『元帥の称号を持つ桃猫』だな」

元帥「おだてても『ほうじ茶』は出せないよ」

フロースヒルデ「ねえ元帥……垢BANノートって、一体……」

元帥「要するに『そのノート名前を書かれた人は、BAN(アカウント停止)されちゃうノート』……だよね、エミル君」

エミル「……まあ、そんな所だ。 話を戻すが、この姿を見られた俺は、当初はその『垢BANノート』に奴の名を書き、奴を消そうとした。

だが……」

フロースヒルデ「だが?」

エミル「ノートの名前を書いたが、奴はどういうわけかBANされなかった。

不審に思った俺は、奴の素性を密かに調べて回っていた……」

フロースヒルデ「……」

エミル「そしてある時、ふとしたことから奴の髪の毛を採取した。 それを知り合いの鑑識に回したら……とんでもない事が判明した。

……そのとんでもない事とは、一体何だと思う?」



フロースヒルデ「……」



エミル「……奴の髪の毛から抽出したDNA情報が、一般的な『エミル』のそれとは全く異なっていたんだ。

これはすなわち、奴が『エミルそっくりの人外生命体』である事を意味する…… そんな事くらいは、分かるよな?」



フロースヒルデ「ええっ!!

 俄かには信じられない、化け物の発言だった。

 ミューが厳密に言う所の『エミル』とは異なる生命体だとは……思いもよらなかった。

 しかし、万が一この化け物のいう事が本当なら、ミューが自分の素性を聞かれたとき、決まって言いたくなさそうな表情をして誤魔化していた

理由については説明が付く。

 自分が異邦人として迫害されるのを、恐れたたためであろう。

 だが、そもそもこの化け物の言っている事が本当かどうかという保証はどこにもない。

フロースヒルデ「……その話、本当ですか?」

エミル「ああ、その通りだ。 疑うんなら、ダウンタウンの何でも屋のオヤジに確認してみるといい。

……話は飛ぶが、実のところ『垢BANノート』に関しては、俺自身にも分かってない事が多い。

今まで色々な奴の名前をこのノートに書いてきたが…… 名前を書いてもBAN出来ない奴がいる事がわかった」

フロースヒルデ「BAN出来ない者がいる?」

エミル「ああ。 まずはペットの類は、ノートに書いてもBAN出来ない。

一度、『ECO家の一族』に安住する性悪桃猫をBANしてくれるよう、とある猫から頼まれた事があるが……

いくら奴の名をノートに書いても、奴がBANされる事は無かった……」

フロースヒルデ「そう……」

エミル「次に、モンスターの類も駄目だ。 何度か試した事があるが、やはり結果は×だった」

フロースヒルデ「……」

エミル「最後に、エミル・タイタニア・ドミニオン以外の種族の奴の名前を書いても、やはりBANされなかった……

何故ならこの3種族以外の奴は、プレイヤーキャラとして選ぶ事が出来ないからな……

さっきも言ったようにミューの奴は一見するとエミルのように見えるが……遺伝情報から見るに、エミルとはまた別の生命体だ。

3種族『以外』の種族出身である奴の名前を書いてもBANされなかったってことは……

つまり、いくら『垢BANノート』でも、宇宙人や人造人間といった種族のPCはBANできないらしい……」

フロースヒルデ「……」

エミル「で、奴をBANする事に失敗した俺は、その場は奴の俺に関する記憶だけを消す事で……一旦は片を付けた。

だが、よくよく考えれば記憶っていう奴は、消したつもりでも何かの拍子で復活したりする事があるから、気が抜けない。 だから……」

女の声「結局の所、なんだかんだ言ってもお前さんの行き着く先はあたしの始末……だろ?

だったら最初からそうはっきり言ったらどうだ!?」

 突如、背後より聞き覚えのある女性の声がした。



ミュー「悪いが、話は一部始終聞かせてもらった。 どうもイストー岬でのチュートリアルを受けたときの記憶が欠落していたんで、

以前から気になっていたんだが…… そういうカラクリがあったとはな」

 そこには私の大事な友、ミューの姿があった。

 服装がベージュの『冒険王の服(女)』に変っている所を見る限り、転職まであとレベル2という所まで迫っているようだが、

今はそんな事を気にしている場合ではない。

エミル「なんだ、本人もいたのか…… 盗み聞きとは、あんまり感心しないな」

ミュー「黙れ化け物。 人の秘密をベラベラ喋った挙句、今度はフロースまでBANするつもりか?」

フロースヒルデ「ミュー。話に割り込んで割るいんだけど、こんな所で一体何を……」

ミュー「話は後だ、フロース。 それよりその化け物に気を許すな! BANされるぞ!!」

 元より、私としてもこの化け物に気を許した覚えはないし…… 大人しくBANされるつもりも毛頭無い。


フロースヒルデ「ソードディレイキャンセル!!」

 私もSDCを使い、化け物との戦闘準備に入った。

 だが、私達が戦闘態勢に入ったのを見た化け物は、こちらが予想だにしなかった事を口にした。


エミル「あ?お前らをBANする?何だそれは?

お前らの作った勝手な空想か?」

 化け物の思いがけない一言に、私達の手は一瞬止まる。

 そして、二言目には化け物はこう言い放った。


エミル「俺はお前らに何もしない。

もっとも、それ以上俺に危害を加えるっていうんなら話は別だが……」

フロース&ミュー「……」

SE:ブォォォォ……(飛空庭・汽笛の音)

 とそこへ、飛空庭の汽笛が聞こえてきた。

 どうやら、マーチャントギルドの飛空庭らしい。

エミル「ち……もうこんな時間か……。 俺はもう失せる。

俺はもうこれ以上、お前らを追ったりするつもりは無いから……もう会うことも無いだろう」


エミル「じゃあな。 そこの『人間以外の生命体』の友達を大事にしろよ、フロースヒルデ」

 ひどく耳障りな事を言い残し、『エミル』を名乗る化け物は空間に溶け込むように姿を消した。



フロースヒルデ「ふぅ…… どうにか行ってくれたわね……」

化け物の気配が消えたのを確認すると、私はほっとため息をついた。

あの化け物が発していた圧倒的な威圧感…… もし剣を交えていたら、私とミューの二人がかりでも、勝てたかどうかはわからない。

女の声「くくく・・・・・・あはははは……」

突如、辺りに女性の乾いた声が響き渡った。



ミュー「あははは…… こんな形で……あたしの素性をフロースに悟られたくはなかった……

折を見てきちんと話をするつもりだったのに……それを……あの化け物め……」

 その乾いた声の主が他ならぬミューである事に気づくのに、私は少なからぬ時間を要した。

 そこには『女熱血硬派』としてのミューの姿は無く、まるで糸の切れた操り人形のようにうなだれた彼女の姿があった。



フロースヒルデ「ミュー……」

 私は、そんなにミューに掛けてあげる言葉が見つからなかった。

ミュー「フロース…… さっきの化け物の会話から察するに……お前の方でもあたしの素性を探っていたらしいな」

フロースヒルデ「う……」

 確かにさっきの化け物は、私がミューの素性調査をしている事を暴露した。

 恐らくミューは、その辺りから話を盗み聞きしていたのだろう。

 だが、そんな事は問題では無い。

 ミュー本人に黙って素性調査をした事がばれれば、彼女が激怒する事は明白だ。

 ましてや、ミューに『人間じゃない』という秘密があったりすれば、なおさらである。

フロースヒルデ「ごめん……ミュー。 そんな事情があると知っていたら、私も始めから素性調査なんて……」

 許してくれるとは思いもしなかったが、とりあえず謝罪する。

ミュー「いや……フロースは悪くない。 外人部隊でも無い限り、艦内に素性の分からぬ人間がいたら調査するのは当然の事だ。

むしろ、いままでそれをしなかった方がどうかしていた……」

 しかし、ミューはこちらを咎めたりはしなかった。

 ばかりか、ミューはむしろ自分自身を咎めていたように、私には思えた。



フロースヒルデ「ミュー…… 私自身もまだ信じられないんだけど……。 貴女がエミルの民では無いっていう話……本当なのかしら?」

ミュー「ああ……その話は本当さ。 この期に及んで、もう隠したりはしない」

フロースヒルデ「……」

 実の所、私はミューが人間以外である事を100%信用した訳では無かった。

 だが本人がそう認めた以上、それが真実なのだろう。

 私は、次に掛ける言葉が見当たらなかった。

 しかし、次の瞬間……

女の声「ミューさんの馬鹿っ!!

 突如、私の胸アクセサリーから女の子の罵声が飛んだ。

 そして次の瞬間には、胸アクセサリーからエナジーショック(ウィザードの攻撃魔法の一種)も飛び、ミューに直撃した。

ミュー「ぐあっ!!」

 不意の一撃を避けきれず、ミューは思いっきり吹き飛ばされた。

 もっとも……私にはそのエナジーショックを飛ばした女の子の身元は、すぐに見当がついた。



ミュー「くっ……この声と平手打ち代わりのエナジーショック……ウルネか。

フロースの胸アクセサリに憑依していたんだな」



ジークウルネ「ええ、そうですよ」

 と言うなり、胸アクセサリの憑依がとけ、ジークウルネが姿を現した。

 だがその顔には、怒りの色がはっきりと浮かび上がっていた。

 彼女がこんなに怒った所は、実のところ姉である私も今まで見たことは無い。

フロースヒルデ「……ジーク、『フレイヤ』での任務はどうしたの?」

 実の所、私はジークにフレイヤに待機して情報収集に当たるように言っていた。

 なのに何故、私の胸アクセサリーに彼女は憑依していたのだろう……

 それに、そもそも彼女はいつ私のアクセに憑依したのか、見当もつかなかった。

ジークウルネ「フレイヤでのお仕事は菫少将に引き継いでおきました。 少将が姉さんをサポートしてあげてくれっていうから、

『遠距離憑依』のスキル(※)を使って、姉さんのアクセに憑依したんです」

 ジークウルネは、私に大しては表面上は平静さを保ちながら答えた。

フロースヒルデ「遠距離憑依?」

ジークウルネ「ええ。ウィザードの世界に伝わる、一種の奥義です。 

時空の隙間をこじ開けて遠くにいる相手の装備に憑依するという、最近開発された新生魔法ですよ、姉さん」

(※)このゲームにはこのようなスキルはありません

フロースヒルデ「そう……時代は進歩しているのね……」

ミュー「そうだな……。 だがウルネ、さっきのエナジーショック、出力からみるに明らかにレベル5の奴だろう……

せめてもうちょっとレベルの低い奴でやっても……」


ジークウルネ「ショックのLv5を食らわせて何が悪いというんです!? お望みなら、スピアのLv5でもプレゼントしましょうか!?」

 怒りの感情を隠そうともせず、ジークがミューに怒鳴った。

 本気でぶち切れている……私のみならず、誰の目にもそう感じられた。

 しかしその瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。

ミュー「……」

ジークウルネ「ミューさんが人間以外の生命体? それがどうかしたというんですか!?

ミューさんがどこの何者であれ、ミューさんはミューさん以外の何者でもないでしょうが!!」

ミュー「……」



ジークウルネ「それに……私や姉さんも……それに『フレイヤ』の乗組員の大半は、狭い意味での人間(エミル)ではありません……

それでも『フレイヤ』のみんなは特にいざこざもなく、仲良くやってこれました……

ここでミューさんが人間じゃないって事が発覚した所で、何が変るっていうんですか……

お願いですから……そんな下らない事で塞ぎこむのはやめてください…… ぐすっ・・…」

 ジークは胸からこみ上げる物を押さえられなくなったのか、とうとう泣き出してしまった。

ミュー「……」



フロースヒルデ「ミュー…… 私の気持ちも、ジークと一緒よ。

種族間同士で差別や偏見が蔓延っていたのは、もう随分昔の話。 だから、『人間じゃない』だの、そんな下らない事で思い悩むのは、もう止しなさい。

ミューがどこの何者であれ、私達の大事な仲間である事には変りはないわ」

元帥「そうだよ。だから、そうやって落ち込んじゃ駄目だよ。

大体、そんなに暗くなっちゃうの、ミューちゃんには似合わないよ」

ミュー「……」

 ミューはすぐには私達の問いには答えない。

 そして、その場には暫く沈黙が流れた。



ミュー「……そうだな」

 やがて、今までうなだれていたミューがゆっくりと起き上がった。

ミュー「考えてみればこの星の連中の半分以上は、俗に言う『人間以外』だ。

その中にあたしのような異邦人が一匹紛れ込んだ所で、大した問題じゃないよな」

ジークウルネ「そうですよ……ミューさん。 やっと、分かってくれましたね……」

 ジークが涙目を拭きながら、言う。

フロースヒルデ「ミュー…… 言っておくけど私の妹を泣かせた借りは、高くつくわよ。 

今後は今まで以上にコキ使ってあげるから、覚悟しなさいな」


ミュー「へっ。望む所だ、フロース」

 ミューが減らず口を叩く。

 だが、ようやく本来のミューに戻ったようで、私は安堵した。

ポケットの中からの声「あの……『お客さん』…… お話の腰を折って申し訳ないと思うんだが……」

 その時、唐突にポケットの中から声がした。

フロースヒルデ「あ、ハレルヤさん…… ごめん、すっかり忘れてた……」

ミュー「? フロース、そのポケットの中からの声は……」

フロースヒルデ「あ、これは『リタのハレルヤ』ていうゴーレムの一種。 私は今この人の依頼で、あちこち回っているんだけど……」

ハレルヤ「実は、オラが作ったの飛空庭エンジンが安定しなくてな。 そこに気絶しているマーシャどんに相談したんだ。

そしたらコンピューターのセッティングが悪いっていうんで、この塔にあるっていうROMを探しにきたんだが……」



ミュー「ちょっと待った

 突如、ミューがハレルヤの言葉をさえぎった。

ハレルヤ「? 何だな?『お客さん』のお仲間さん?」

ミュー「エンジンの制御コンピューターのセッティングなんて物は、自分の力で調整するのが基本だぞ。

どこをどうしたら、『光の塔でROMを探す』なんていう選択肢が出てくるんだ?」

ハレルヤ「し、しかしマーシャどんは『コンピューターを上手くセッティングするには、光の塔で手に入るROMを見つけて差し替える必要がある』って……」

 ハレルヤの反論を聞くと、ミューは『はぁ〜』というため息をついた上で、さらにこう反論した。

ミュー「いいか、あそこでおねんねしているマーシャって奴の本業はマーチャント(商人)だ。

ひょっとしたらトレーダーに転職してるのかもしれんが…… どちらにしろ、メカに関しては素人だ。

お前さんも飛空庭のエンジンを自作できるほどのマシンナリーだったら、そんな素人の意見を当てにしないで、自分の力で道を切り開け」

ハレルヤ「うっ……」

 ミューの指摘に、ハレルヤは沈黙した。

 メカの事に関しては、やはりミューは凄いし……周りに対しても一切の妥協を許さない。

 さっきまで糸の切れた操り人形のようにうなだれていた彼女とは、まるで別人だった。

ハレルヤ「でも……どうしたらいいだ? オラ、コンピューターROMのセッティング方法なんて知らないし、それ用の機材も……」

ミュー「セッティング用の機材なら持っているし、エンジンのコンピューターのセッティングなんか、それこそ毎日のようにやっている。

……フロース」

フロースヒルデ「? 何、ミュー」

ミュー「済まんが飛空庭の倉庫から、メモリを一個出してくれないか? それさえあれば飛空庭のエンジンなんざ、いくらでも調整できる」

フロースヒルデ「ええ、わかったわ」

ミュー「それとフロース……」

フロースヒルデ「? 何?」



ミュー「今度からこの手のメカ絡みの依頼は、全部あたしに押し付けて構わないよ。

お前も素人の要らぬアドバイスに振り回されたり、各方面でパシリまがいの事をされるのは嫌だろう?」

フロースヒルデ「そうね……今度からそうするわ。

じゃあ、みんな一旦戻りましょう。 ジーク、フレイヤは今この辺にいるの?」

ジークウルネ「いえ、アクロポリスです。 菫少将達が詰めていますので、呼ぶ事も可能ですけど……」

フロースヒルデ「でも、燃料が勿体無いから…… この際、マーシャさんの庭を借りましょう。

後で事情を説明すれば、彼女も納得してくれると思うから」

ミュー「了解。で、フロース、戻るってどこへだ?」

フロースヒルデ「トンカよ。 ハレルヤさんの庭はトンカに係留してあるから……

調整をミューがするにしても、まずは調整する対象が無いと話にならないからね」

ミュー「確かにな……。 トンカに行くのはいいが、一旦アクロポリスで『フレイヤ』に乗り換えてからいかないか?フロース」

フロースヒルデ「え?どうして?」

ミュー「どうしてって……エンジンセッティング用の機材は、『フレイヤ』の倉庫にしまってある。 常に持ち歩くには、ちょっとかさばる代物だからな

それに他にもいくつか、持って行きたい工具類や機材もある」

フロースヒルデ「そう……わかったわ」



ジークウルネ「ねえ姉さん、ミューさん…… そろそろ、出発しませんか?

雲行きが、どうも怪しくなってきました」

 見ると、南の方角から暗雲がこっちに向かってくるのが見えた。恐らく、その暗雲の下は大雨だろう。

 私達は雨にぬれる前に、足早にマーシャさんの飛空庭に乗り込んだ。




トンカ市内 リタの工房

ハレルヤ「母っちゃ、帰っただよ〜」

 ハレルヤは工房に着くなり、早速元の姿にもどった。

リタ「まあ……お帰りなさい。 あまり帰りが遅いから、心配したのよ」

ハレルヤ「うん、ちょっと光の塔まで行ってきただ。 これから『お客さん』のお仲間さんと一緒に、エンジンのセッティングをするだ。

そのセッティングさえ済めば、今度こそ今度こそオラの飛空庭が空を飛ぶだ〜」

 ハレルヤはもう飛空庭が完成したかのごとく、はしゃいでいる。

ミュー「はしゃぐのはセッティングが終わってからにしろ。 予期せぬ問題が起こらんともかぎらんしな」

ハレルヤ「ご、ごめんなさいなんだな〜。 と、そうだ。

『お客さん』達も、母っちゃもオラの飛空庭に招待するだよ〜」



リタ「あのね……ハレルヤ…… 大事な話が……」

 リタさんは、どういう訳か深刻そうな表情でハレルヤに問いかけた。

ハレルヤ「そんなのは飛空庭で聞くだよ〜♪」

 しかし、ハレルヤはお気楽そうに、リタの問いかけに答えた。

 見た所、どうも自分の飛空庭の事しか眼中に無いようだ。

ミュー「まあとにかく、飛空庭に移動しよう。 ここにいても、こいつの飛空庭のセッティングは完了しないからな」

 ミューの一言に、皆、ハレルヤの飛空庭へと移動した。



ハレルヤの飛空庭

ミュー「エンジンの調子良好…… よし、これでもう大丈夫だろう」

 エンジンルームにいるミューが、通信機を通じてハレルヤに経過を報告した。

ハレルヤ「あ、ありがとうなんだな〜 『お客さん』のお仲間さん」



ハレルヤ「お客さんもありがとうなんだな♪ これで、オラの飛空庭も完成なんだな〜」

 ミューのおかげでエンジンのセッティングは特に問題無く終了し、無事にハレルヤさんの飛空庭は完成した。

茜少佐「おめでとう、ハレルヤ…… 元帥閣下もフロース様も、どうもありがとうございました」

元帥「礼ならミューちゃんに言って。私達はちょっとお使いをしただけなんだから」

 皆、ハレルヤの飛空庭の完成を祝福している。

 しかし、リタさんだけはどういうわけか、深刻そうな表情をしている。

ハレルヤ「そういえば母っちゃ……話があるって?」

 ハレルヤもリタさんの深刻な表情に気づき、声をかける。



リタ「ハレルヤ…… あなたの命はもう長くはないのよ……」

フロースヒルデ「えっ!?

 思いがけないリタさんの言葉に、私は思わず声を上げてしまった。

リタ「人工的に作られたゴーレムの命は、とても短いの。

私達マリオネット・マイスターがどれだけ努力しても克服できなかった……

だから、飛空庭にこだわるのはもうやめて、ママと一緒にいよう。 ママが技をつくして、一日も長くハレルヤを生き延びさせてあげる」

茜少佐「……!!」



ハレルヤ「……うん、オラ、その事はなんとなく知ってただよ」

だが、ハレルヤはリタさんの宣告に動揺することなく、淡々と答えた。

ハレルヤ「……母っちゃ、最近オラの体調すごく気にかけていたから…… だからこそ、飛空庭を早く……」

ハレルヤ「うっ……

 突然、悲鳴とともにハレルヤは倒れた。

リタ「ハレルヤ! ハレルヤ!!しっかりして!!」

茜少佐「ハレルヤ! ねえ、目をあけて!!」

 リタさんと茜少佐は必死にハレルヤに呼びかけるが、ハレルヤからの反応は無い。

フロースヒルデ「リタさん、ハレルヤさんは……」

リタ「まだ息はあるみたいだけど……このままだと……」

 来るべき時は、言っている先から訪れたようだ。


ジークウルネ「何か騒がしいようですが、姉さん、一体何がっ……!!」

 甲板での騒ぎが聞こえたのか、エンジンルームでミューの手伝いをしていたジークが上がってきた。

 ぐったりとして動かないハレルヤを見て、ジークの顔が見る見る蒼くなっていった。

ジークウルネ「ね、姉さん。ど、どうしたんですか……これは……」

フロースヒルデ「見ての通り……ハレルヤさんが倒れたのよ……。 リタさん、何とかなりませんか?」

リタ「手を施せば多少は延命できるかもしれないけど…… せいぜい2〜3日という所ね。 

ああ……私の腕が未熟なばっかりに…… ハレルヤ……」

 リタさんは顔面蒼白になりながら、もう絶望的だと言った。

ジークウルネ「そ、そんな……姉さん……」

 ジークは、何故かすがるような目で私の方を見た。

フロースヒルデ「ジーク、私にすがっても…… って、ちょっと待って」

 と、ここで私はある事を思い出した。

 機械の一種である『エレキテル』は、この世界では確か立派なマリオネットの一種では無かったか……

 機械絡みとなれば…… 彼女なら、ハレルヤを助ける事ができるかもしれない。

フロースヒルデ「……ジーク、急いでミューを呼んできて頂戴」

 

ミュー「やっぱり倒れたか…… 取り越し苦労だと良かったんだが……」

 甲板に上がってきたミューは事情を聞くなり、まるでハレルヤが倒れるのを予測していたのかのごとく、そう言った。

フロースヒルデ「えっ…… ミュー、ハレルヤが倒れる事を予想していた訳?」

ミュー「どうも、さっきからそいつの体の各部からかすかな異音がしたから、何かあるとは思っていた。

思ってはいたが、あたしはエレキテル以外のマリオネットに関しては専門外だ……

下手にいじくってかえって状態が悪化したりしたら、そいつの関係者に申し訳が立たないからな」



ジークウルネ「じゃ、じゃあミューさん、ハレルヤさんはもう助からないんですか?」

 ジークがすがるような目でミューを見つめた。

 ミューでも手の出しようが無いとなると、もうハレルヤを助ける手段は無くなってしまう。

 私も祈るような思いで、ミューの二言目を待った。


ミュー「いや、まだ手が無い訳じゃない。 もっとも、その手は極めて危険な手段となるが……」

フロースヒルデ「危険な手段?それって……」

ミュー「そいつの精神を、別に用意した機械体(サイボーグ)にそっくりそのままうつしかえる。

あたしの故郷には、人の精神を機械体のメモリーに移し替える技術がある。 それを応用すれば、もしかしたら助かるかも知れない」

ジークウルネ「ほっ……まだ望みがあるんですね。 でも、その方法の危険な所って、何ですか?」



リタ「拒否反応が起こる可能性が高い……という事かしら?」

 ウルネの質問に、ミューでは無くリタさんが答えた。

ジークウルネ「拒否反応?」

リタ「ええ。 一口にマリオネットといってもサラマンドラやインスマウスのような『生物型』と、

ハレルヤやエレキテルのような『機械型』の二種類が存在するわ。

機械型のマリオネットには、その『心』を司る部品が存在するのだけど…… その心をただ他のマリオネットに移し替えても、多くの場合、

拒否反応を起こして死んでしまう事が多いのよ」

ジークウルネ「なるほど……」

ミュー「まあ、拒否反応の可能性も問題だが…… さっき言った『人の精神を機械体のメモリーに移し替える技術』、実はマリオネット相手に

やった事は有史以来一度も無いのも問題だな。

その理由は簡単。あたしの故郷には『マリオネット』なる物は存在しないからだ」

フロースヒルデ「一度もやった事が無いって事は…… どんな事が起こるか、全く予想出来ないって事?」

ミュー「ああ、その通りだ」

リタ「……しかし、他の手を捜している間に、ハレルヤが死んでしまう可能性が高い……

ミューさん、と申しましたね。 その手術、お願いできるかしら? 茜ちゃんもそれでいいかしら?」



茜少佐「うん……わかった……」

 もとより、ミューの提示した方法以外でハレルヤを助ける見込みが無い以上、選択の余地はもう存在しなかった。

ミュー「決まりだな……

もっともこの手術を行うには、あたし一人じゃ無理だし、ここでやる事も機材の関係からして無理だ。

まずはリタさん、あんたが手術に参加してくれる事が手術成功の絶対条件だ。 マリオネットに詳しい人間がいないと、手術は成り立たない」

リタ「元より、断るつもりもありません」

ミュー「すまない……。 それとリタさん、そいつ(ハレルヤ)の命は、あとどのくらい持つ?」

リタ「放って置けば今日一杯…… 手を施して2〜3日といった所ね」

ミュー「そうか……まだ時間はあるか……

場所を移動しよう。誰か、済まないがこいつを『フレイヤ』まで運んでくれ」

フロースヒルデ「場所を移動? 一体どこへ……?」

ミュー「フレイヤの航法コンピューターにコースをセットしておく。 その通りに移動してくれ。

事情は後で説明する。

それとフロース、ウルネ、それに元帥……」

フロースヒルデ「? 何、ミュー?」



ミュー「目的地に着くまでには少し時間がある。 いい機会だから、行きの道中であたしの詳しい素性を話そう」


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