第31話(2)


18:00 アクロポリス・アップタウン


西院「それではフロース様、ウルネ様。本日はどうもありがとうございました」

フロースヒルデ「いえいえ、今日は西院さんと狩りできて、とても楽しかったわ」

西院「そういっていただけますと、私も嬉しいです。

それでは明日は朝早くから仕事がありますので、これにてい失礼します」

フロースヒルデ「それじゃあね。 また機会があれば一緒に狩りしましょ」

ジークウルネ「またです〜」

 西院さんはこちらに一礼すると、帰っていってしまいました。



フロースヒルデ「さて……なんだかお腹空いてきちゃったわね。

そろそろ私達も帰りましょうか」

ジークウルネ「そうですね……っと」


ジークウルネ「あれ? 藪先生の庭だ。  そっか。今日は藪先生、休暇でしたっけ」

フロースヒルデ「ええ。 そういえば、藪先生の庭には久しく訪れてないわね。

たまにはこちらからお邪魔してみようかしら?」

ジークウルネ「ええ……!? 休暇中に連絡も無しで訪れたりなんかしちゃ失礼ですよ、姉さん」

フロースヒルデ「大丈夫よ、ジーク。 ほら、藪先生の庭の看板……」


フロースヒルデ「ああなってるし……」


藪医院・待合室


フロースヒルデ&ジークウルネ「それじゃ、いただきます〜」

 私達を自分の庭に招いた藪先生は、夕食までご馳走してくれました。



フロースヒルデ「しかし、藪先生すみません。 休暇中だというのに突然押しかけちゃって……」

藪「いや、構わんよ。 どうせ私も暇を持て余していた所だったしね。

今日は二人とも、狩りの帰りかね?」

ジークウルネ「ええ。 それはそうと藪先生……

藪「? どうしたのかね?ウルネ君」



ジークウルネ「今日、奇病に冒されているらしい巫女さんと一緒に狩りしたんです」

藪「奇病……?」

ジークウルネ「はい…… 何でもその人、Job経験値が全く入らない病気にかかっているみたいなんですよ。

ベース40代後半で、ワサビを一確できる程の人なのに……」

藪「ふむ、JobLvが全く入らない巫女か…… その人物なら一人心当たりがある」


藪「その人物の名前は…… 天神川 西院君とはいわないかね?」

ジークウルネ「え…… 良くわかりましたね……」

藪「分かったも何も、彼女とは昔からの知り合いだからね。 私がまだフレイヤに来る前は、良く患者として私の所に顔をだしていたよ」

ジークウルネ「そ、そうだんたんですか……

じゃあ藪先生。その彼女の『Job経験値が入らない奇病』……治療する事は可能ですか?」

藪「……結論から言えば『無理』、と言わざるを得ないな。

というより、それが出来るのであればとっくにやっているよ」

ジークウルネ「言われてみれば、そうですよね……」

藪「……所でウルネ君。 なにゆえ、彼女の病状の事をそんなに気にかけているのかね?」

ジークウルネ「それは……」


ジークウルネ「藪先生もご存知の通り、私は身体があまり丈夫では無かったので……小さい頃から大きな病気を何度もしてきました。

だから、西院さんみたいな難病に冒されている人を見ると、他人事とはどうしても思えなくて……」

フロースヒルデ「ジーク……」

藪「成る程ね……言われてみれば確かにそうか。

だがウルネ君。 彼女の症状は、正確には『病』によるものでは無い」

ジークウルネ「『病』で無いとすると、一体……」


藪「それはズバリ『呪い』だ。 そしてその手の魔法絡みの事は私よりも『老師』……貴女の方が詳しいのではないのかね?」

フロース&ウルネ「『老師』!?」

 突如、この場にいるはずのない第三者に呼びかける藪先生。

 しかし、次の瞬間……


?「むう、流石は藪家の長女だけの事はある…… よくわかったの」

ジークウルネ「えっ!? わ、私の帽子の中から……」

 突如、私の帽子の中から声がしたと思うと……


雪兎「明子や、久しぶりじゃの」

 次の瞬間、装備した覚えのない雪兎が出てきて、藪先生に話しかけてきました。

 ちなみに忘れている人もいるかもしれませんが、『明子』とは藪先生の下の名前です。

ジークウルネ「な……ななな何なの!? この子は!?」

 唐突な展開に慌てふためく私に対して……


フロースヒルデ「あれ……? 喋る雪兎って、確か前に見た記憶が……

ねえ雪兎さん。 もしかして、以前DEMがアクロポリス地下に大発生した時…… 『開路下町駅』の待合室にいませんでした?」

 姉さんは一切取り乱す事無く、雪兎に質問してきました。

雪兎「ああ、おったぞい。 そちらの赤毛の剣士さんは、あの時の剣士さんのようじゃの。

あの時は孫の仕事を手助けしてくれたようじゃの…… 祖母として、礼を言わせてもらうぞい」


ジークウルネ「姉さん、この雪兎さん、一体何者なんですか? 話を聞く限り、前にも会った事があるみたいですが」

フロースヒルデ「この雪兎さん、実は西院さんの祖母らしいのよ。

名前は確か…… あ、そういえばまだ名前をお伺いしていませんでしたよね、雪兎さん」

雪兎「ああ、そうじゃった。 あの時はDEMの一件でドタバタしておったからの……」


雪兎「わしの名は天神川 白梅(てんじんがわ はくばい)。 お主らの友人である天神川 西院の祖母じゃ。

今は開路下町駅の駅長なんぞやっておるが、昔はノーザンで宮廷魔術師をやっておったんじゃよ」

フロースヒルデ「始めまして。 私はフロースヒルデ=リュッチェンス。 で、この子が妹のジークウルネ=リュッチェンスです。

以後よろしくお願いします」

ジークウルネ「お願いします。

……所で白梅さん。 お孫さんの『Job経験値が入らない呪い』……治す事は出来るのでしょうか?」

白梅「……結論から言えば、今すぐには無理じゃな。 何せ、西院にかかっている呪い……医学に例えるなら『新型ウィルス』の類じゃからの。

わしも長い事研究は続けているが…… ここ数年来、まったく進展無しじゃ」

ジークウルネ「そうですか……

で、西院さんは何故、そんな呪いにかかってしまったのですか?」

白梅「ジークウルネとやら……西院の本業が鉄道会社の駅員であるという事は、聞いておるかの?」

ジークウルネ「はい。 狩りの最中に、本人から直接聞きました」


白梅「数年前の事じゃ……

その頃の西院は駅員としての新人研修を追え、ようやくひとり立ちしたばかりじゃった。

そんな新人駅員時代のある日の夜…… 終電間際の駅ホームで、酔っ払い同士の喧嘩が始まった。

まあそれだけなら、駅に限らず何処にでもありふれた光景じゃったが……」

フロースヒルデ「だったが?」

白梅「その酔っ払いの片方が、悪い事にかなり腕の立つカバリストでの……

他の乗客が沢山いるにも関わらず、闇魔法をぶっ放し始めたのじゃ。

そんな様子にいても立ってもいられなくなった西院は…… 司令や駅長に連絡すると、すぐさま喧嘩の仲裁に入ったのじゃ」

ジークウルネ「で、その後西院さんは……」

白梅「結論から言うと、喧嘩を止める事には成功したんじゃ。 あの子には昔から、天神川家に代々伝わる未実装魔法を教えていたからの……

じゃが、西院の方も無事では済まんかった。 酔っ払いカバリストが放った未実装闇魔法を浴びて、あの子は……」

フロースヒルデ「死ぬ事は無かったにせよ、大怪我を……」

白梅「そうじゃ…… じゃが西院の受けたダメージは、肉体的な物だけでは済まなかった。

その未実装闇魔法と言う奴が、悪い事に『禁呪』と呼ばれる危険な魔法の類での……

お主らも目の当たりにした…… 『Job経験値が一切入らない呪い』という奴もかけられてしまったんじゃよ」

フロースヒルデ「そ、そうだったんですか…… 前に西院さん、その手の迷惑乗客を『招かざる客』と忌み嫌っていましたが……

まさか、そんな過去があったとは……」


白梅「わしはの……今にして思えば早くから家伝の未実装スキルを憶えさせたのは失敗だったと思っているのじゃよ。

 わしがあの子に未実装スキルを教えたりしなければ、高Lvの酔っ払いカバリストに立ち向かう事もなく、呪いにもかからなかったろうに……

 その者に過ぎた力は不幸を招く…… お主らも覚えておく事じゃ」

 寂しそうな声で、雪兎……いえ、白梅さんは私達に言いました。


藪「所で老師。話の腰を折って申し訳ないのだが……

今日は一体何しに来たのかね? まさか、孫の身の上話をしに来ただけという訳ではあるまい」

白梅「むう……そうじゃった。 肝心な用件を言うのを忘れておった。

ここの所、単調な駅務にも飽きてきてのぉ…… 終電の時間まで、ここにかくまって……」

 と、白梅さんが言いかけた時です。


白梅「グッグアー!!

 突如、白梅さんが私の頭から離れて宙を舞いました。

 何らかの魔力によって、無理やり吹き飛ばされたようです。

 そして、白梅さんが着地した所は……


西院「まったく、おばあちゃんったら…… 駅務ほったらかしにしてどこほっつき歩いているのよ」

 怒った西院さんの、頭の上でした。

 どうやら西院さん、祖母を探してあちこち駆け回っていたようです。

白梅「う……西院や、今日は公休のはずじゃが…… 何でわしがさぼっている事がわかったんじゃ」

西院「助役からウィスパーがあったんです。 また白梅駅長が脱走したって。

もう……ふざけた事して私の貴重な公休を潰さないで頂戴」

 西院さん、相当お冠の様子。

白梅「うう……ええじゃないか…… わしゃ、駅長といっても某たま駅長みたいなマスコット駅長なんじゃが……」

西院「そんなの言い訳にならないわよ!おばあちゃん! マスコット駅長だっていなくなったら皆が迷惑するじゃない!

さ、文句ばっかり言ってないでさっさと仕事に戻るわよ!」

白梅「な……痛たっ!! 鷲づかみはやめ……GYAAAAAA」

 西院さんに鷲づかみされた白梅さんは、哀れディバックに突っ込まれてしまいました。


西院「申し訳ありません、皆様。 祖母が多大なるご迷惑をおかけしたようで、何とお詫びしたら良いのか……」

 そして西院さんは私達に何度も頭を下げながらお詫びしてきました。

フロースヒルデ「いえ……そんなに気にしなくてもいいですよ。 色々とためになるお話も聞けたことだし……」

西院「そうですか…… そういっていただけますと幸いです……

では、私は祖母を駅に連れ帰れらないといけないので、これにて失礼します」

 西院さんはそういうと、そくさと藪先生の庭を後にしました。


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