日記第38話(後編)
翌日 アクロポリス地下遺跡深部・アンブレラの里
アンブレラの長老:いやはや鴎外君にノレンガルド君……それに、フロースヒルデ艦長殿。 お久しぶりです。
フロースヒルデ:こちらこそお久しぶりです、長老。 ここに私が来るのは、ずいぶん前にDEM軍が現れた時以来ですね。
アンブレラの長老:ええ。 あれ以来この里には凶暴な冒険者やDEMが乗り込んでくる事は無く……この里の住人達は、平和に過ごしています。
フロースヒルデ:それは何よりです。
私もあの後、上司である南軍長官にかけあって…… この区域への冒険者の立ち入りを『落盤の危険大』という理由で禁止してもらったんですよ。
アンブレラの長老:ほうほう……そこまでしていただけたとは…… 里の代表として、改めて御礼申し上げます。
ペコリ、と一礼する長老。
アンブレラの長老:しかし、艦長の方からこちらに来ていただけるとは……使者を送る手間が省けました。
緊急に……艦長に相談したい案件が出てきましてな。
フロースヒルデ:私に相談したい案件? それは……
アンブレラの長老:単刀直入に申し上げますと、実はわたしの孫が、昨日急に……
?:アルマ化した……って相談したかったんでしょ。 おじぃ。
突然、アルマ化した我輩たちの同族…… つまり、アンブレラ・アルマが割り込んできたのである。
長老:ああ、こら。 大事なお客様との話に割り込んではいかんぞ。
長老の孫:いいじゃない。 アタシにも関係ある話なんだから、どっちみちこの場に呼ぶつもりだったんでしょ。
なら、今話に割り込んだ方が手間が省けていいじゃない、おじぃ
長老:むう……
長老の孫:ところで…… そこにいるのは鴎外のおっちゃんと……ノレンだよね。
お久しぶり。
ノレンガルド:お久しぶりって…… ごめん。 君、だれだっけ?
鴎外:ああ、ノレン少年…… この御仁は長老の孫君なのである。
かなり昔の話でDEMに殺され、その後復活を果たした小さいアンブレラ…… と言えばノレン少年も思い出すと思うのである。
ノレンガルド:そうは言っても…… この子があの時のちっちゃいアンブレラだなんて……すぐには信じられないよ。
鴎外:むぅ……それもそうなのであるか。
長老の孫:まあ、同族である鴎外のおっちゃんならともかく、普通の人間にアンブレラの個体識別なんかできるわけないよね。
アタシたちは普段、見た目ではなく、魔力で個体識別をやっているからね。
じゃあノレン……
長老の孫(ちびアンブレラ):証拠……見せてあげる。
と、言うなり、長老の孫君は元の姿に戻ったのである。
ノレンガルド:ああ、思い出した! あの時のおちびちゃんだね。
元気そうでなによりだよ~
長老の孫(ちびアンブレラ):ありがとう、ノレン。
でも……
長老の孫:もう、ちびって言われるほど小さくは無いんだから……以後アタシの事『おちびちゃん』って呼ぶの禁止ね。
そもそも、アタシには『アガサ』っていうちゃんとした名前があるんだから……以後はそっちの方で呼びなさい。
ノレンガルド:ごめん…… じゃあ、改めてよろしくね、アガサちゃん。
アガサ:こちらこそよろしくね、ノレン。
ユキ:それにしても、アガサさん……ですか。
ひょっとして、名前の由来は英国の推理作家・アガサ=クリスティ女史ですか?
うちにいるアンブレラ系モンスターの方々って、文豪の名前を名乗っている人が多いので……
それまで黙っていたユキ殿が、発言してきたのである。
アガサ:良くわかったわね。その通りよ。
白い使い魔ちゃん…… 次は貴女の名前を教えて頂戴。
ユキ:僕の名前はユキ。 デンメンションサウスダンジョンの3Fの生まれです。
今、ご主人様……フロースヒルデ艦長の飛空城で厨房長をしています。
アガサ:ユキ……ねぇ。 中々いい名前じゃない。 気に入ったわ。
で、その飛空城のコック長さんが何でこんな所まで来たのかしら?
ユキ:あ、はい。 実は厨房を預かる者として……長老にお尋ねしたい事がありまして……
アンブレラの長老:ほう、わしにたずねたい事とは?
わしの知っている事なら何でも答えますぞ、ユキ殿。
ユキ:ありがとうございます、長老。
ユキ:鴎外さんが以前の話(日記第34話ラスト)で、アンブレラは人間とは味覚は真逆という事を仰られていましたが……
アガサ:ねえユキ。横傘を入れさせてもらうけど…… その鴎外のおっちゃんの話、『一部の』って但し書きがつかない?
アタシたちアンブレラ一族全部が味覚が真逆なんて事、あるわけがないじゃない。
もしその話が本当だったら、お茶友達のネクロアーマー・アルマが悶絶しちゃうわよ。
ユキ:ですよねぇ……
うちにいるアンブレラの一般クルーの中も、味覚が正常な個体と、鴎外さんみたいに味覚が真逆な個体……
両方が存在する事が存在しているんですよ。
アンブレラ系モンスターの他種族ではこんな事は無いのに、何でアンブレラ族だけ……?
アガサ:……その質問の答えは、おじぃの代わりにアタシが答えるわ。
昔、私たちアンブレラ一族の間で青汁が大ブームになった時があって…… その時、妙な都市伝説が広まったの。
そう、『青汁は不味ければ不味いほど、体にいい』って……
おじぃに聞いた話だと、当時は消費期限を1年過ぎたくさやとか、どう考えても食べられそうも無い物を青汁に大量に突っ込んだんだって。
で、その結果……
ユキ:名状しがたき青汁を飲み続けたアンブレラたちは、次々と味覚障害を起こしてしまったのですか?
アガサ:察しがいいわね。その通り。
おそらく、鴎外のおっちゃん以下、味覚がおかしい同族はみんな…… 不味すぎる青汁を愛飲していたんでしょうね。
そうでしょ?鴎外のおっちゃん。
鴎外:まさしく……その通りなのである。
アガサ:ユキ…… それに艦長さん。 私からも一つ、質問があるんだけど、いいかしら?
ユキ:何でしょう?
アガサ:ひょっとして…… 味覚障害を起こしている同族と、そうでない同族……
メニューを分けていないかしら?
ユキ:そう、せざるを得ないでしょう。
でないと、味覚障害を起こしている方々が可愛そうですから……
フロースヒルデ:ご飯の不味さは、戦闘艦においては時として暴動や反乱の元になるからね。
厨房係には結構な負担をかけるけど、やらないわけにはいかないからね。
でも、何でそんな事を聞くのかしら?
アガサ:ねえ。 今すぐメニューを統一しろとは言わないけど……
味覚障害の同族達だけ、いつまでも特別メニューのまま……ていうのは正直感心しないわね。
ユキ:えっ……アガサさん、それはどういう……?
アガサ:ユキ……それから艦長さん。
貴女達が冒険者の身でありながら、私達アンブレラ系モンスターを大事に扱っている事はおじぃから良く聞かされているし……
私自身も、貴女達には感謝しているわ。
でもね……
フロースヒルデ:でも?
アガサ:『大事にするの』と、『甘やかすの』って……アタシは違うと思う。
味覚障害の同族達に、いつまでも特別メニューを出していれば、本人達はそれで満足でしょうけど……
その代わり…… その同族達はいつまでもたっても、味覚障害が治ることは無い。
だって悲しいと思わない? 同じアンブレラなのに、同じ味の紅茶やこーひーを一緒に楽しむ事が出来ないのよ。
ユキ:アガサさん……
アガサ:ユキ……それに艦長さん。
大それた事を言うけど…… アタシはそんな味覚障害の同族達を、一人残らず治してあげたいと思っているの。
この味覚障害の問題は、長年アンブレラ社会を蝕んできた問題だから…… アタシの代で、このふざけた問題を根絶したい。
だから、その為の第一歩として……
アガサ:艦長さん、アタシはこれからあんたの艦に乗り込ませてもらうわ。
手始めに、あんたの艦にいる味覚障害アンブレラを一掃してあげる。
どうせ艦長さんがここに来た理由って、クジで惨敗したからアルマ化した個体を探しに来たんでしょうし……
おじぃが艦長さんに相談したい事だって…… 社会勉強の名目で、アタシを艦長さんの飛空城に入れたいって事でしょう?
フロースヒルデ:うっ…… 凄い洞察力ね……まさにその通りよ、アガサちゃん。
長老:その通りじゃよ、アガサや……
自分の考えている事をアガサ様に見破られ、艦長と長老はがっくり来たののである。
が、長老はすぐに立ち直り……
長老:艦長殿。 実は今回のアルマ化の件があろうが無かろうが…… いずれアガサは艦長殿に預けたいと思っていました。
この子はいずれ私の後を継ぎ、アンブレラ一族の将来を担う宿命を持った子……
いずれは里の外の、信頼できる所に預け…… しっかりとした教育を受けさせてあげたいと思っていました。
そして、アガサを預けられる『信頼できる所』は…… フロースヒルデ艦長殿、貴女の所しかありません。
フロースヒルデ:私の所を指名してくれたのは光栄ですが…… いいのですか?
アルマモンスターでも受け入れてくれる教育機関であれば、他にはアミス先生の『絆の木学園』がありますが……
長老:アミス先生の所に入れることも、一時考えましたが…… 何分、あそこは今いる生徒を養うだけでも手一杯な様子。
それに、艦長殿はあの学校が出来るかなり前からアンブレラ系モンスターを受け入れ、共に生活してきました。
その艦長殿の豊富な経験があれば…… 安心して、孫娘を預ける事ができます。
フロースヒルデ:……そうですか…… そういう事でしたら……
フロースヒルデ:アガサちゃん、私の戦闘城で預からせていただきます。
長老:おお……ありがとうございます。
ペコリ、と一礼する長老。
アガサ:まあ、よろしく頼むわ。 艦長さん。
アガサ様も、一応の礼はしてきたのである。
フロースヒルデ:さて、アガサちゃん。
うちに勤める味覚障害のアンブレラの治療についてだけど…… これ、私の一存でどうこうできる話じゃないのよね。
こういう健康管理は、軍医のお仕事だから…… 私のお城についたら、まずはうちの軍医と話してみて頂戴。
アガサ:了解。
さ、そうと決まれば…… 早く艦長さんの城にいきましょ。
それと……おじぃ。
長老:?
アガサ:いままでありがとう。 じゃあ……行ってくるね。
長老:別に帰宅は禁じてはおらぬから、帰りたいときはいつでも帰ってくるのじゃぞ。
では艦長殿…… アガサを……よろしく頼みます。
フロースヒルデ:はい。
長老は深々と礼をすると、我輩たちを見送ったのである。
戦闘飛空城フレイヤII 医務室
藪:なるほど、事情はわかった
藪:実は君の言う『味覚障害アンブレラ』の中にも、味覚を正常にしたいと希望する者はいる。
そういう者達には、ユキ君では無く私が特別メニューを作っている。
毎日少しづつ味を変えていって、最終的に正常な味覚に戻るよう仕向けているよ
アガサ:なるほど…… 軍医さんはちゃんと考えていてくれてたのね。
ただ、全部の味覚障害アンブレラに、その治療を行う事はできないの?
藪:経験上、嫌がる者に無理に治療を強行しても、上手くいかないことは骨身に染みてわかっている。
これは味覚障害だけでなく、禁煙やダイエット等にも言える事だ。
アガサ君がこの城のアンブレラ全員の味覚を治したいのであれば、まずは味覚障害アンブレラ全員の説得を行うべきだろうね。
アガサ:そっか……具体的な治療の前に、まずは味覚障害を治したがらない同族の説得が先か……
藪:その通り。
しかしだ、アガサ君。 アンブレラの味覚障害の事はひとまず置いておいて…… もう一つ、問題がある。
アガサ:問題?それは?
藪:先ほど聞いた話では、君は昨日の夜、はじめてアルマ化したそうだね。
アガサ:そうよ。
藪:で、ここまでくるのに…… 地面に足をつけて歩いてきたのかね?
アガサ:その通りよ。 それが何か問題?
藪:そうか…… アンブレラは普段、傘で浮遊してすごしているから、足腰が弱い。
私の見立てが正しければ、そろそろ……
アガサ:そろそろ……って……
アガサ:あうううっ!!!
鴎外:あ、アガサ様!!
ユキ:アガサさんっ!!
フロースヒルデ:!! どうしたの!アガサちゃん!!
アガサ:あ……足が……いたいの……!!
艦長さん……ノレン…… それに軍医さん、誰でもいいから早く治してよ~!!
ノレンガルド:りょうかい。 じゃあ、ちょっと我慢していてね~
ノレン少年が、アガサ様にアレスをかけたのである。
アガサ:ふう……楽になった。 ありがとう、ノレン。
伊達に、ドルイドをやっている訳じゃないのね。
ノレンガルド:どういたしまして、アガサちゃん。
でも藪先生、何で急にアガサちゃん、足が痛くなっちゃったの?
藪:普段動かしていない筋肉を、徒歩移動する事により急に酷使したから…… 筋肉痛を発症したのだろう。
もっとも、筋肉痛で済めばまだ良いほうで…… 最悪、骨折の危険性もある。
鴎外:骨折……であるか……
鴎外(アルマ):我輩も昨日アルマ化したばかりなのであるが、元の姿に戻って里にでかけたのは……
藪:賢明な判断だったね、鴎外君。 アルマのままで行っていたら、今頃君は足腰が立たなくなっていただろう。
鴎外(アルマ):ふむぅ……
アガサ:鴎外おっちゃん……ずるい! 痛い思いをするの分かっていて、あえて元の姿で行動していたのね!!
痛い思いをする危険性があったら、あたしにも言いなさいよ!!
鴎外(アルマ):も、申し訳ないのである、アガサ様。 そこまで考えが及ばなかったのである。
……しかし藪先生、今後、我々はどうしたらいいのであろうか?
少し長い時間歩いただけで痛い思いをするのは、アガサ様も我輩も、望む所では無いのである。
藪:これから二人には、毎日歩行訓練を受けてもらう。
地道にリハビリをして、少しづつ日常生活が送れる程度の筋力をつけねばならない。
アガサ:むう…… お薬や魔法を使って、筋力をつけるって選択肢は無いの?
藪:無くはないが、副作用が怖いな。
副作用が起きて後悔したくないのなら、地道にリハビリをする事だ。
アガサ:むう…… なら仕方が無いか。
ユキ:さて…… お話が済んだ所で、皆さんそろそろお茶の時間にしましょうか。
ええと…… アガサさんは、お茶やお菓子の味付けは……
アガサ:大丈夫よ、ユキ。 アタシは味覚障害でも何でもないから、普通に美味しいお菓子を作ってね♪
あと、アタシの事は単にアガサって呼んでいいから。
ユキ:あ、はい…… それでアガサ、お茶の方は何に?
アガサ:今日は紅茶の気分だから、紅茶のストレートで。
ユキ:了解です。 では、早速準備してきますね。
というなり、厨房の方へ向かうユキ殿。
アガサ:さて、軍医の先生に艦長さん……それにノレンと鴎外のおっちゃん……
フロースヒルデ:? 何かしら、アガサちゃん。
アガサ:人間社会に出るのはこれが初めてだから、色々と迷惑かけるかもしれないけど・・・・・・
アガサ:以後よろしくね、みんな♪
鴎外:……と、こうして紆余曲折はあったが、我々はアンブレラ・アルマ…… 長老の孫娘であるアガサ様を迎える事が出来たのである。
普段下半身を動かさない我輩やアガサ様にとって、日々のリハビリはかなりキツイのであるが……
我輩が今こうして人間社会に当たり前のように溶け込んでいるように、いずれは慣れて行くと思われるのである。
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